INTP5w6による性格タイプ雑記ブログ

MBTI&エニアグラムのよもやまブログ

こきおろしながら美化しちゃダメ

しばらく前に、宮台なんとかいう人が殴られてどうのこうの

という事件があった。

私はそのニュースを見て、

「ああ、あのyoutubeでみかける奴か」

と気づき、

わりとうっとうしい印象だったので何度か「興味がない」ボタンを

押していた人だということも思い出した。

 

(余談だが、Youtubeの「興味がない」ボタンは実にすばらしい。

 これを押すと、関連するキーワードの動画がオススメに現れなくなるのだ。

 もしあのボタンがなかったら、私はもうyoutubeなど絶対に見てないと思う。

 ちなみにこのボタンが付いていなかったAmazonキンドルは、

 うかつに検索をしただけで広告が腐ったスピリチュアル本だらけになり、

 不快のあまり本体を真っ二つに破壊してごみ箱に捨ててしまったことがあった)

 

しかし、事件をきっかけに

「そういえば、なぜ僕はこの人に悪い印象を持ったんだろう?」

と思い、検索をかけてみたら、その理由が瞬間でわかった。

ここで2度ほど書いた「ナンパが義務の先輩」と非常に似ていたからである。

 

で、今度は

「先輩の場合は、女の話ばかりして仕事の話をさせてくれない点や、

 学術をモテのためのイキリグッズとしてしか見ていない点がうざかった。

 しかし宮台氏の場合は、べつに女の話などしていない動画を1本見ただけで、

 なぜか瞬間的にうっとうしいと感じて興味なしボタンを押していた。

 その理由は何なのだろう・・?」

というNT小僧にありがちな「なぜだろう連鎖」によって、

私はその後、宮台氏の動画を数本見てしまったりしたわけである。

 

で、まあ、その答えはわりと簡単なことだった。

それは、宮台氏が4w五(あえて一般表記で書くなら"4w7")で、

ひたすら「人どうしの絆が大事だ」という話を、

何度も何度も繰り返しているからであった。

 

そういう目で見てみれば、彼の結論がいつも同じということがわかるので、

宮台氏を知っている人は、いくつか見てみるとよいだろう。

彼の長ったらしい話は、そのほとんどが

「人どうしの絆は、まじで超素晴らしい。絆は人が生きるための必須資源だ。

 そんなこともわからない奴は、ダメだね。終わってるね。」

という話と、

「困ったときに助けてくれる、本当の友達や恋人こそが人生で一番重要だ。

 それがわかってない奴はダメだね。終わってるね。」

という話に帰着している。

 

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私は「絆」という言葉が「嫌いな言葉ナンバーワン」に近いくらい嫌なので、

ぶっちゃけ言葉の定義はよく知らないのであるが、

おそらくであるが、どうやら広い意味では、

「2五8」のセクシャル組に共通した価値観

をめちゃくちゃ美化するための言葉ではないかと思う。

 

しかし、本家本物の2五8の人は、わざわざ「絆こそが大事だ」なんて力説したり

しない。本家の人は、本家だけあって「絆を使ってうまいことやるのが抜群に上手」

なだけであり、そういう本物の人には、私も何の反感も感じない。

むしろ、「おもしろい人だねー」と思うだけである。

 

しかし、w五の人の一部がやたらと「絆が大事だ」と叫びたがる傾向があり、

しかも偏った方法でしかそれを確信できないという盲点っぷりが滲み出ており、

その最たる人種が4w五であると思うわけである。

 

※なお6w五(=6w7)にも、「聞かれもしないのに自分の下ネタをベラベラ話す」

 という謎の習性が見られる場合があるが、彼らはあくまで自己卑下的なスタンスで

 「下ネタ話で悪いけどさ~」と言いながら話すので、こちらも嫌ならば

 笑いながら「おいおい、お前の汚いキンタマの話なんか聞きたくねーよ!ww」

 と言えばよく、つまり制止がやりやすい。

 しかし4w五は妙なスピリチュアル理論で武装して、めっちゃイキりながら話すため、

 心優しい常識的な人ほど、聞き苦しいエロ話を制止しづらいという状況になる。

 もちろん私のような非常識者は堂々と指摘するが、そうするとムキになって論破

 しようとしてくるので、4w五が下ネタ話を始めると、本当にめんどくさいのである。

 

てことで、彼らのうっとうしい点は、「押しつけがましさ」に集約されると思う。

だってそうだろう、もし異性と乱交したいなら、

その趣味の人どうしで勝手にやってればいいだけではないか。

それなのに、なぜいちいち

「人間はもっと多くの異性と交わるべきだ!」

と力説したがるのか、意味が分からない。

 

ナンパ先輩のうっとうしかった点もほぼこの点に尽きており、

先輩は自分の乱交願望を正当化するために

「乱交の正当性は、鶏の実験によって証明されている」だの、

「本当は乱交したい本心を隠している人は嘘つきだ」だの、

「乱交しない人は、女という生き物をわかってない」だの、

くだらない煽りを入れながら他人をこき下ろす習性があった。

 

そうすると私としては、なぜそうまでして自分のしょうもない乱交趣味を

他人に押し付けたいのだろうかという疑問とともに、

「またや、またや・・・また同じ話が始まったわ」

という絶望感に囚われるわけである。

 

最近はアル中という生物は減ったみたいであるが、

昔はそこらじゅうにけっこう多くのアル中がいて、

酒を飲むと謎のリピート機能が発動し、

「30分すると最初に戻って、また同じ話を一から話し始める」

という類のおっさんを、よく見かけたものである。

あれと似ている。

大阪風に言えば、酔っ払いは「おもろない」のである。

 

先輩もその点は気にしていたのか、おもしろさを出すために

「他の女との行為を詳細に描写して語るとね、女というのは喜ぶんだよ」

とかの奇抜なことも(ここには書かないが、もっと生々しいエロ用語を

ちりばめながら)話していたが、

結局のところ結論が「乱交すべし」という話になるのはわかっているので、

どう話そうと私には全然おもろなかったのである。

 

 

私は、この手の「押しつけがましさ」というのが理解不能だ。

乱交や浮気なんて、わざわざ人目に付くところでやったり公言したりさえ

しなければ、誰と誰がやっていようが、別に誰も止めはしないだろう。

それこそ人の勝手というものだ。

 

しかし、前にも「道でうんこをしたがる人の話」を書いたが、

世の中には何故かトイレでうんこをするのが嫌な人がいて、

なんやかんやと妙な主張をしながら、人前でうんこをしたがる人がいる。

 

これは私の想像であるが、ひょっとして彼らには、

「うんこをしているところを見てもらいたい」

という露出願望のようなものがあるのではないか?

 

そういえば、子猫とかはそう思ってるかもしれんな。

しかし、子猫は可愛いから私も母猫になりきって排泄を見守ってあげても

苦ではないが、いったい誰が、1ミリも可愛くないオッサンの排泄など、

見たいと思うであろうか。むしろ見たくないものNo1って感じであろう。

 

そういうわけで、私としては露出狂の趣味には協力しかねるが、

そういう趣味の人同士でやるのならば、その趣味自体を否定はしない。

しかしその趣味の人の一部が

「うんこの臭いを嗅ぎあうことによって、絆が生まれるんだ。

 見ろ、犬や猫だって、肛門の臭いを嗅ぎあっているだろう?」

みたいな屁理屈をこねて、行為を正当化しようとすると、

それはかえって趣味そのものへの反感を煽る結果になると思う。

そういうのって、きちんとルールを守って行っている正統派の変態に

とっては、けっこう迷惑な話なのではないかと思う。

 

==================

 

さて、こうしてw五の悪口を言うと、今度は同じように

「お前らw6も、たいがいのクソ野郎だろ」

と言い返されてしまうのが道理というものである。

その通りであり、私は6を褒めたたえるために他の人種を

貶めてはいけない(かえって迷惑)のだと、

あらためて思う次第である。

 

しかし今回の場合は、たぶんw6とは関係ない話である。

(実際、6族は絆という言葉がけっこう好きな生き物であり、

 私が「絆って言葉は嫌いだ」とか言うと、えーって言われる)

 

したがって、「絆」連呼者をうっとうしいと思うのは私がw6だからではなく、

「セクシャルがサブの人」としての感想かもしれないと思う。

 

私が勝手にセクシャルサブを代表するのは申し訳ないが、

傲慢を承知で話させてもらうなら、セクシャルがサブの人は、

べつにセクシャルを否定する気は毛頭ないと思う。

セクシャルは普通に重要である。

ただ、べつに困ってない。

友達も恋愛経験も、きっと少ないのだろうが、不足感は感じていない。

つまり、まじで「どーでもいい」のだ。

4w五の人には、そのへんをわかってほしいと思う次第である。

 

宮台氏が連呼する「困ったときに助けてくれる友達」というのが、

私にもいるのかどうかはわからないが、仮にそんなのがいなかったとしても、

集団飢餓とかじゃない限り、そのへんの知らん人が普通に助けてくれるぞ?

 

自分だって、食い物が余ってたら、飢えてる人に分けてあげるだろ?

そういう同族愛を人間は持っている、ただそれだけのことだと思うんだが。

(見ず知らずの人へのナンパが成功すること自体が、それを証明してますがな)

もちろん他人の助けを永遠に期待するのはアウトだが、ピンチの時の小さなヘルプ

なら、そのへんの知らん人でも普通にくれる。

それで危機を乗り越えながら、あとは自力でどうにかすればよい。

 

(※なお1w2の一部だけは、さすがw2だけあって、まじで同族愛が欠落している人が

  混じっており、決してヘルプしてくれない人もいるから注意だ。と言っても、

  べつに強奪しに来るわけではないから心配はしなくてよい。

  世の中には、エサを大量に持っているのに平気で「炊き出し」に並ぶような奴

  もいるわけだが、そういうのにははっきりと「お前にはあげない」と言えば、

  特に怒りも恨みもせず、おとなしく去ってくれるものである。そりゃそうだ、

  彼らはまったく困ってないのだからな。てことで、角の立つ言葉を使うのを

  嫌がる6族は無遠慮な1w2の存在を恐れる傾向があるが、心配はいらない。

  1w2のめんどうは、そんな怪物のような欲張りでさえも可愛いと思えるマザー

  テレサ2w1様にお任せすればよく、我々凡人は心配しなくてもよいのである。)

  

・・・って、やべ、6への人気取りのために1をこきおろしちゃった。

こうして自分を振り返ってみると、ある意味、4w五と七w6の性格の悪さは

けっこう似てるなww

私のうんこ理論をもっと主張してみる

こないだwikipediaを見てたら、

日本語の「エニアグラム」のページがえらく充実したページになっていて、

ゐちゃソ氏という、かなりイッちゃってるスピリチュアルなお方が

教祖となって誕生したものであることが詳しく書かれてあった。

エニアグラム - Wikipedia

 

そして私が以前から言っていた、エニアのオカルト性の真骨頂である

 「1÷7を計算すると0.142857 142857…の循環小数になるでしょ?

  だから人間も1-4-2-8-5-7の順で分裂しますねん。

  え? なんで7で割るのかって?

  そりゃもちろん、7は神の数字だからですよ。そんなん常識ですやん。」

というトンデモ屁理屈が、

どうやら初代か2代目あたりの教祖が心底から本気で言っていたものである

といういきさつも、けっこう詳しく書かれていた。

 

おそらく今では大半の弟子達も「いやいや、その理屈は無理だって!」とか

思ってそうだけど、これは2代目教祖のアイデンティティみたいなものだから、

弟子達としてはどうしても無下にはできないのかもしれんな。

 

ということで、神の国ニッポン(by元首相)の住民としては、

このようなオカルトはたいへんよくないと思うので、

このアホブログに私の主張を整理して記しておきたいと思う。

 

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とりあえず、私の言いたいことは、下のたった1つの絵にまとめられる。

 

 

 

右の絵の意味はすでに書いてきたとおりなのだが、どうやら外国のほうで

「俺って5w4でも5w6でもなく、5w8のような気がするんだけど?」

みたいなことを言ってる人が結構いるみたいなので、

ひょっとして外人が検索で引っかかって見に来るかもしれないということで、

あらためて英語で主張しておくことにする。

暇な人はグーグル翻訳して読んでくれ。(書くのもおおむねそれでやった)

 

 

An ancient spiritual man said:
"1/7=0.142857 142857...
So 1-4-2-8-5-7 is the order of human repetition.”

 

Why? ? ?
This is a strange belief in the number "7".
Biological brains may be more simple,  and may not be programmed to cycle in a strange complex order.

 

And why did the old guru treat the type 369 specially?
It is said that the old spiritual peoples considered the number "3" as a sacred and special number, and they thought the 369 group should have special changing order.

But I think it's more natural to assume that the 9 types have the same simple triangular symmetry. How do you think?

 

If you don't spiritually believe in the special lucky numbers,
or if you don't blindly believe in the 1/7 recurring decimals theory,
you will naturally find that the old guru misplaced 5 and 7.

 

If we assume that there are triangular symmetrical relationships in 258-369-147,
・The alignment position of type 7 (Extroverted/Sexual)
  is naturally after type 4(Introversion/Self-preservation).
・The alignment position of type 5 (Introversion/Self-preservation)
  is naturally before type 8(Extroverted/Sexual).

(So I think 5w4 and 7w8 don't exist actually, and it seems they should be written as "5w8" and "7w4".)

 

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次に、私が上記のように考える理由をいちおう書いておく。

 

【5と7の場所がヘンだ】という理由については

以前にもここ①とかここ②に書いてきたが、

何度も同じことを書くのもつまらないので、今回は新たな試みとして

「ドン・リソ」という人の本に素朴なツッコミを入れておくことで

代用するものとする。

 

 

Think of this picture as an IQ test question. Don't you think the 5 and 7 are misplaced?

 

 

どうもこのリソという人は他人の言うことを否定したがらない優しい性格のようで、

師匠や弟子がテキトーなことを言っていても、スルーして関与したがらないようだ。

(まあ初代教祖がアレだし、いちいち反応してたらキリがないのかもしれんけど)

 

私としては、誰とでも共著して書籍化するのが好きなリソさんのおかげでエニアが

有名になったという功績は否定しないが、wikipedia

「エニアって、流派によって言ってることが全然違うやんけ!」

とか書かれてしまうのは、ぶっちゃけこの人の過寛容(=テキトーさ)のせいじゃ

ないのか?という感も否めないと思う。

 

ただwikiによると、このリソさんのおかげで誰がどこにテキトーなことを書いても

叱られないという文化になっているらしいので(リソさんがそう言っているぞ!)、

私はリソさんに感謝しながら、おもっきし否定させていただくこととした。

 

まあそんなわけで、うんこ理論を書いたからって叱らないでください。

 

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(追記)

上の絵に色をつけてみた

 

 

 

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追記:理科野郎のたわごと(読む価値なし)

 

 

これは個人的な主観だが、左側の絵は、車のナンバーを8008とか1001にしたがる人

(=ナンバープレート数字ではなく図形として見たがる人)同じ感性の人が作ったのでは

ないかと想像する。非常に空想的で感情的な産物のように私には見える。

 

私は正直、「頼むからこの図だけはやめてくれ」といいたい。

この絵によって、世間に星座占いのような第一印象を与えることにデメリットしか感じない。

もっと端的に言えば、私はエニアグラムに興味を持つことで、半自動的に

「え、こんな魔法少女の杖に描かれてそうな絵を信じてるの?まじで?」

と思われかねないことが恥ずかしい。私はそんなハートフルな人間ではないのだ。

 

実際には、エニアグラムの発端は「思考/感情」という対立項に身体的本能(特に股間的本能)

追加したシンプルなものであって、この点では特に珍しい考え方ではなく、ありがちな考察だ

しかしエニアグラムには独特の秀逸性があった。

それは、頭/胸/腹をさらに3つに分けてそれぞれに境界を設けたうえで、隣接する項との関係性

(=なぜ隣接項どうしが連続する事柄だと考えられるのか)についてしつこく考察

していく点である。

 

これは、たとえばMBTIでは思考と感情の関係を同時性のない「対立項」として片付けているのに対し、

エニアでは思考と感情を「あいまいな境界をもつ連続体」と考えているわけで、

それが正しいのかどうかはわからないが非常に興味深く、生物の進化とかを考えるうえで避けて通れ

ない重要な考え方のように思える。

 

ただ、エニアで配列の並び順に厳密さが求められ始めるのは、境界論(ウイング論)が出て以降である。

それ以前はほとんどの関心がタイポロジー(分類)とレベル論(病理)に向けられたものであり、配列の

順番よりも種類数やラベリング(当て嵌め)が重要であったため、この時点では教祖が描いた魔法図形を

旗印にしていてもたいして問題ではなかったかもしれない。

しかし今では数あるタイポロジーの中で「境界」を重く扱っていることこそがエニアの大きな特徴となって

いるのだから、オカルトの絵はそろそろ引っ込めてもらわないと困ると、私は思うのである。

 

なお、タイポロジー(性格分類)自体を全否定し、「人間は十人十色だ」的なことを言う人も世の中には

多いようだが、十万匹のイワシの群れが十万通りの個性を持っていないのと同じように、人間という生物

の思考傾向の数もたかが知れているはずだと考えるほうが自然であると私は思う。

もしかすると、昆虫などは種によって行動傾向は1つとか2つとかに限定されているのかもしれない(その

かわり多く種が存在するとか)。 哺乳類については、犬や猫を飼っている人には周知だと思うが、

人間以外にも「同種内に複数の性格パターンを持つ種」は存在しているしかしそのパターンの種類は、

人間よりちょっと数が少ないように私には見える。

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1985年

今日、ふと

「バブルの頃って、1ドル何円くらいだったんだろ?」

と思って、調べようとした。

 

もしここで私に正しい知識があり、ちゃんと「円相場1997年」とかで検索したら、

「121円か、ふーん」

で終わっていたと思うのだが、

なぜか1985年と検索してしまったので、

240円という異様な数字が出てきてびっくりした。

 

まあもっと昔の固定相場だったころは360円だったわけだから、

それに比べれば驚くことはないわけであるが、

さすがに聞きなれない数字だったので、ちょっとびびった。

 

どうやらこの1985年に「プラザ合意」とかいうのがあったらしく、

日本は貿易黒字のことでアメリカにしばかれて、強制的に円高になったらしい。

 

↓この表、見えるかな?

 



 

 

このアホブログを見ている人は、この表を見て、どのような感想を抱くのであろうか。

 

私はこの表を見て、

「あれ? バブルって、なんか日本中で投機熱が高まりまくって、

 国民が土地だの株だのが大好きになって総ギャンブラー化した

 みたいな話かと思ってたけど、実はそうじゃなくて、

 単に国民の多くが円高成金フィーバーに浮かれて気が大きくなり、

 借金して買い物しまくって遊びすぎて爆死しましたって話なんじゃ?」

と思った。

 

(まあ、きっとそれは間違いで、バブルとは地価の話なんだろうけど、

 背景的にはそういうムードだったんじゃないかと)

 

いや、だってさ、

240円だった1985年を基準したら、その後の約10年、ほぼ毎年のように

ひたすら外国のものがめっちゃ安く買えるようになっていったわけだろ?

そりゃ、外人にドル札の束を振り回して爆買いしながら

ジャパン・アズ・ナンバーワンじゃー! 樽ごと酒持ってこーい!」

とかほざくアホが出てきてもおかしくないわな。

 

んで、そのあと95-98年くらいで日本が一気に滅亡したことについては、

「あれ?これって、円がクソ安くなって木とか鉄とかすらも買えなくなって

 だんだん乞食化しつつある今みたいな状態ってことか?」

と思ってしまった。

 

そういえば、なんかここ数年「日本の生産性が~」という話題が流行っていたが、

この円安でさらに2割以上沈没したわけで、

いまさら3%とか5%とか向上したとしても、どうなん?

って感じになってきたな。

 

 

実を言うと、私はしばらく前までは密かに、

「若い人はさっさと海外行って稼げばいいのに、なんで残ってるんだろな?

 ここまで金銭感覚に差があったら、さすがに僕でも行ってたような気がするで。

 INTPでSiがクソ我が儘な僕には海外の飯は苦痛だろうけど、

 むこうで究極に節約して帰ってきたら、会社とかも余裕で作れそう。

 なぜ行かんの?皆どんだけ日本好きなん?」

とか思っていたりしたのだが、

なんかもう今に至っては、海外でもあまり高く売れなくなるかもと思った。

 

だってさ、外人から見れば日本でいくらでも安い労働力が叩き売り状態で

買えるわけだから、わざわざ出国した日本人を現地で高く雇わなくても、

「もうリモートで日本人を雇うほうが、同じ金で3人も雇えるもんね」

ってことになりそうな気がしない?

 

リモートがどうなのかっていう話もあるが、

仮にリモートという業態が実は非生産的だったと仮定した場合でも、

さすがに3倍も雇えるなら、どう考えてもそっちのほうがお得なような。

(・・・って、マスクの野郎も似たようなことを考えてるような気がする)

 

 

======

 

ところで、こういう社会の話をすると、なぜか政府や日銀のせいにしたがる人が

やたらと多いのが日本という国であるが、

私は政府や金融のせいとはまったく思わない。

というのも、私は

「政治家が日本を良くすることができるわけないのと同様に、

 悪くする能力すらもあるわけがない」(by 25歳の私)

と、若い頃からしみじみ確信しているからである。

 

いわゆる陰謀論の好きな人は、ある意味、政治家を高く評価しまくっていると思う。

陰謀論って、つまり「政治家や官僚が陰謀したら、すごいことができる」と、

なかば本気で思っているということだからな。

 

実際には、政治家はただのガハハオヤジ(I型を除く)だし、

官僚はただのマジメ君(E型を除く)が多いし、

社会に大きく影響を与えそうな奴など、そうそういない。

彼らにできる特別なことといえば、無駄なことに税金をできるだけ多く使い、

そのうちの10%を結託して掠め取るとかの、ハナクソみたいなことだけだ。

 

日本人は個々にはそんなにIQが低くないそうなんだが(むしろ高め)、

集団になるとすさまじく愚かになるという傾向があり、

私はそれが「エニア9化(=赤ちゃん化、暴走族化)」という現象だと

思うんだが、どうですかね?

 

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・・・あ。

思い付きをぐだぐだ書いたら、なんかちょっと陰気な話になってしまった。

わざわざ読んでくれた人には申し訳ない。

 

でもまあ、政治でもなんでも、現実から目を背けるのは良くないし、

誰かがどうにかしてくれると思うのも、大変よろしくない。

このような世界情勢であるからこそ、

我々日本人はますますしぶとく生き延びねばならないのである。

 

とりあえず、物作って外人に売るのはいいと思うぞ!

あなたも私の製造ランドへ来ないかね?

 

ちなみに、さっき偶然見たしょうもないサイトに載っていたデータでは、

製造がいいみたいなことが書いてあったぞ。

 

www.mag2.com

上記サイトから引用

【2012年の生産性比較@円相場108円】

1位・化学製造業=日本:アメリカ=141:100

2位・機械製造業=日本:アメリカ=110:100

3位・その他の業種=すべて負け(ITも 19:100で爆負け)

なのだそうだ。

(↑たぶんデータが嘘。マスコミとかのほうが化学より余裕で上位なはず)

 

残念ながら私は漬け物やみりんが理解できない化学オンチなのだが、

いちおう2位とされている機械製造だぞ。製造は楽しいぞ。

今では1ドル135円+なんで、上記の2012年からは2割ほど沈没してるわけだが、

せかせか物を作って外人に売りつけるには好都合かもしれんぞ?

 

(※巷で言われるように、観光業で爆買い外人を相手に稼ぐという手も

 考えられるのだが、サービス業はもともとの能率が低すぎて微妙なのと、

 そもそも景色とかの「土地資源」を売って儲けると、

 必ず「その資源は誰のものなのか?」という見苦しい争いが地域内で起こり、

 いわゆる産油国とよく似た不幸(=利権争い、独占、資源保護の強要など)

 地域内に大量発生することになるであろうと推測される。

 したがって、この種の見苦しい内部抗争やお仕着せ強要が三度の飯よりも

 大好きなE型の人達にとっては観光業は最高だろうけど、人間関係に特段の

 楽しみを感じていないI型の人にとっては長期的には不幸へ直結した道

 でしかないように私には思える。ゆえにここでは観光は除外して考える。)

 

 

製造については、私はかねがね

ダイソーと中国人には絶対勝てないから勝負しない。」

が口癖だったのだが、最近は

「中国って、物が高すぎー」

ってしみじみ思うようになってきた。

そして、これなら頑張ればいつか追いつけるかもって気も

しないでもなくなってきた。

そのうち中国の物がもっと高くなったら、いよいよコジキジャパンの底力

みせつけるチャンスが来るかもしれんし、来ないかもしれん。

 

てことで、まじで製造業どう?

 

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(追記)

間違えてた。2012年の円相場は108円じゃなくて、驚愕の79円だったみたい。

てことは、そこから45%も沈没してるわけで、化学も負けかいな。

やれやれ・・・。

創作における性格の一貫性

前に書いたDIYのアニメを、毎週楽しみに見ている。

たいへんおもしろく、私はすでに大ファンである。

 

しかし、このアニメにはおかしい点がある。

キャラの設定に一貫性がなさすぎるのだ。

(おもしろいと言っておいて結局けなす(?)あたり、さすが私である)

 

一例をあげると、たとえばタクミンという名のキャラは、もともとは

「中学では孤立して友達がいなかった子」という設定で、

だからこそ主人公の誘いに乗ってDIY部に入ったはずなのだが、

今ではそんな設定など「どこ吹く風」って感じでガン無視され、

どこからどう見てもISFJみたいなキャラになっている。

 

そうすると、

「この性格で友達がいなくて孤立とか、あるわけねえだろ」

みたいなことになるわけだが、他のキャラにも同様のことが

起こっていて、「あれ?なんか入部した理由が崩壊してない?」

みたいな状態になって、あちこちで辻褄が合わなくなっているのである。

 

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まあ作品の悪口みたいなことは言いたくないので個別の話はこのへんにしておくが、

一般論として、私は性格分析において、その人の「言葉」や「仕草」などは

あまり考慮に入れない。

 

言葉や仕草などいくらでも偽れるからであり、人の性格が表れるのは、

何と言ってもその人の「長期行動履歴」である。

人は言葉や見かけの行動は変化できても、性格自体は大きく変化できない。

(だから長期の行動履歴が性格と不一致になることはほぼ皆無である)

 

ところが創作の世界においては、現実にはない「性格のメタモルフォ―ゼ」を、

なしくずし的に許容するものが半数ほど存在している。

そしてまた、

【性格が一貫してようが一貫していなかろうが、面白いものは面白い】

とでも言わんばかりに、性格メタモルフォーゼの作品には人気があったりもする。

 

というか、性格をメタモルフォーゼさせないと物語は普通に「当然の帰着」

である結末へ一直線に進行し、一瞬で完結してしまって連載にならないという

悲しい事情もあるのだろう。

(特に恋愛ものは常にその危機にあり、いかにして「引っ張る」かの世界である)

 

そのため、たとえば記憶喪失だのPTSDだのショック性人格崩壊だの、

適当に非現実的な理由をつけてキャラの性格を魔界転生させるほうが作品が長持ちし、

トータル的に人気を得やすいみたいな怪現象が起こってしまう。

 

DIYものの場合は、そもそもが工作という現実作業が舞台条件であるため、

どこかに架空要素を入れるなら、それはもはや性格しかないのかもしれんな。

 

ちなみに、性格転生が比較的少ないと感じる某「巨人化漫画」は、

別の意味で「もうええわ!」ってほどに引っ張られており、

もはや人をバカにしているとしか思えないレベルになっている。

私はきっと、物語のそういうところ(=作者の都合で展開が決まってしまうこと)

が根本的に好きじゃないのだろうと思う。

 

でもまあ、それはそれとして、私はDIYのアニメを「おもしろい」と感じており、

これもまた、私にとっては疑いようのない事実である。

できればくだらない引っ張りはせずに、きちんと完結させてやって欲しいと思う。

「気軽に遊べる」の意味

エニアのT4タイプは、【T1分野で気軽に遊べる】

という性質を持つはずなのであるが、

逆にT1を苦手(=重要とは思うが気が重い分野)とするT七族から見ると、

「え? T1で遊ぶって、どういうこと? 意味わかんね」

となってしまい、すぐに理解するのが難しい。

 

で、ここで参考になるのが以前ここに書いた「ナンパ大好きのINTJ先輩」

である。件の先輩は、

【新幹線に乗ったら必ずナンパをする】

という意味不明のマイルールを定めて、鉄の意思でそれを断行していた。

このように、

T4は他人から見たらキチガイにしか見えないようなマイルール

(=いちおうルールだからT1分野)を定めることにより、

目的を達成しようとする傾向がある。

 

そういう意味で思い出してみれば、芸術家のINFP4w3の知り合いも、

【材料を混ぜるときは絶対に機械を使わず、素手でかき回す】

という変なルールを欠かさず実行していた。

材料を機械で混ぜると、温度湿度などの環境条件や材料の状態により、

いつも均質にすることができない。

なので彼は決して機械を使わず、手袋も使わずに、

【必ず素手で、おっぱいの硬さになるまで何時間でも混ぜ続ける】

という異常なマイルールを自分に課していた。

この異常なまでのこだわりこそが、彼の芸術力の源となっている。

 

なおナンパ先輩のほうは4w五なので、4w3の芸術家とは目的が異なる。

4w五の先輩の行動目的は

「特別性の執行(4)」により「人と感動的な出会いをする(w五)」

ということであろうと推測され、

たしかに新幹線ナンパは「異常な方法」であり「出会いのため」であるから、

先輩の行動は目的と合致していると言える。

 

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さて、私は女の話ばかりしている先輩のことが嫌いであったが、

こうして考察してみると、先輩の長所として理解できる点にも思い至る。

たとえば会社という場所には、たいてい

【ことあるごとに仕事をサボって、女子事務員に話しかけてる奴】

みたいなのが数名いるものだが、先輩はそのようなことはしなかった。

そのような平凡でヌルい行動は、T4のマイルールにはなり得ないのだ。

 

特殊性を武器とする先輩としては、やはり

「どんなに緊迫した状態であろうと、電車に乗ったら必ずナンパ実行」

という、それなりにキチガイ印のルール設定でなければならない。

 

ということで、T4が「T1で気軽に遊ぶ」というのはどういうことか、

私はだいぶ理解できるようになった。

彼らは異常な【マイルール】を設定して、鉄の意思でそれを守るのである。

(T4のマイルールは、必ず「異常」でなくてはならないというのがミソである)

このような異常行動はT4以外には実行困難(継続困難)であるから、

彼らは確実性の低い事柄を攻略するのが得意となるのであろう。

 

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話は変わるが、私(タイプ七w6)の「気軽に遊べる分野」はというと、

理屈から言えばT4の分野ということになる。

しかし私はアートにも文学にも興味がないし、貴族になりたいとも思わない。

七w6である私の目的は、

「論理的な考察(七)」により、「人様の役に立つものを作る(w6)」

ということであり、T4が好みそうな分野にことごとく興味がない。

 

(※)目的を美化してると言われないために注記すると、

   ここで言う「人様」とは、「私が好ましいと思える人限定」であり、

   その他のうざいアホ共には、私が作ったものを売ってあげる気など

   毛頭ない。というのは誇張だが、心情としてはそんな感じである。

   これは先輩にとっての「出会い」が女限定なのとたいして違わず、

   まあウイングってのは所詮その程度のカスなレベルのものなのである。

 

ただ、私は何かを作ろうとしているときには、必ず

「人と違った、ユニークな方法で実現する」

というのを、なかば必須条件として自分に課していることに気付く。

(おそらく七w8も、これと類似した条件を自分に課しているであろう)

 

たとえば物に穴をあけるにはボール盤という道具を使うのが普通だが、

「旧態依然のボール盤を使わずに、もっと早く、もっと安く、

 かつ正確に作れないものだろうか?」

というようなことをひたすら考え続けているのが私という人間であり、

それはつまり

「奇妙キテレツな道具や方法を考えることを、気軽に楽しみまくっている」

というわけで、

これがつまり「気軽にT4で遊んでいる」ということなのかもしれない。

まあ、そういうことなんだろうな。

 

となると、同じ七族の七w8(=いわゆる5w4)は何を考えているのか

についても気になってくるが、彼ら七w8の目的は

「論理的な考察(七)」により、「永久不滅の自由権と独立権を獲得(w8)」

みたいな感じであろうと推測されるから、

たとえば

・奇妙な外科手術で大金を稼ぎつつ、密かに無人島を買いまくって動物保護(by黒男)

・奇妙な方法で遠距離から銃弾を命中させ、稼ぎつつ密かに弱者の味方(byデューク)

・奇妙な方法で電子通貨を作り、邪悪な為政者の通貨発行権を台無しにする(by誰?)

みたいな反骨的/反体制的な事柄に興味を持ちやすいのではないかと推測する。

・・・てゆうか、つくづくお金稼ぎが好きだよな、七w8は(笑

まあ自由とか独立とかって、結局はそういうことなのかもしれんけどな。

 

てことで、今日はこのへんで終わり。

本音と理論のエニアグラム

MBTIもそうだが、性格分類の教科書というのは、

とにかく「きれいごと」や「美辞麗句」になりがちだ。

 

読んだ人を不快にさせないためには仕方のないことなのだろうが、

「綺麗事すぎて意味が分からない」というのでは本末転倒である。

 

誰もが知るように、人間というのはそんなにキレイなものではない。

むしろ私を含め、ほとんどの人間が「ろくでもない奴」である。

だからこそ、「こいつはなぜロクでもない奴なのだろうか?」

という疑問に真正面から真摯に取り組むことこそが、

人間という生物の脳構造を知る早道であるとも言えるわけである。

 

そんなわけで、私はこの過疎ブログを使って【本音】【理論】を徹底し、

「あー、あいつのことか」とか、「あー、だからそうなるのか」という

カニズムがわかるようなエニアグラムを、記していきたいと願う所存である。

 

ま、そのうち大ヒンシュクを買って消滅することは避けられないのだろうが、

それまではしょうもない雑談もまじえながら、

ぼちぼち続けてみるかもしれない所存である。

 

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ということで、とりあえずエニアの18分類について、

できるだけ本音の言葉を使い、わかりやすく記しておいた。

 

エニアは18分類がすべての基本となる。2つ前の記事で書いた「9分類」のほうは、

ただの博物学的分類なのでさほど深く考えなくてもよいが、

「なぜそうなるのか」を考察できる18分類はエニアのおもしろさの源泉であるので、

表の左から3列目のように考え方を理解するという観点で見てやってほしい。

 

 

 

 

 

次に、それぞれの「価値観同士の関係性」についてまとめたもの。

 

 

 

 

 

遊べる分野としんどい分野は、巷では「分裂・統合」などと呼ばれるが、

このような現象が起こる理由は、要するに

【正三角形をなす3つの価値観のうち、どれか1つに重きを置くと、

 当然ながら残る2つは行き届かない「残りカス」となる】

という、わりと当たり前の理屈による。

 

ただし、残りカスのうちの片方が「蔑視気味で気楽に遊べる分野」になり、

他方が「ちょっと敬意はあるけど、やるのはしんどい分野」になるという

妙な現象の理由については、私もよくわかっていない。謎である。

 

だがまあ、細かいことはともかく、

やたらと何かに重きを置けば、そのぶん他のことが雑になるというのは

おおむね自明の現象と言ってよいであろうから、

その雑になった分野のうちでも

「どのへんが特に雑になるのだろうか?」

をできるだけ明確にしようというのが上記の表だと考えてもらいたい。

 

最後に、幾何学的に真逆の位置に存在するタイプについては、

まあ真逆だからといって特に深い意味があるわけでもない気がするようになったが、

【裏を知れば、表がわかる】という考え方をすれば、

自分や他人のタイプを特定するための「最後のヒント」となる場合が

あるので、参考として記載しておいた。

 

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総じて、エニアグラムは価値観という後天性(3歳位で確定?)のものを

扱っているぶん、MBTIよりもあいまい非論理的である。

専門家でも人によって定義が違いすぎるため、ぶっちゃけ学問の体を成していない。

 

エニアグラムの学派は、これが絶対という始祖教典が存在しないため、

 やり方が全然違ってもとにかく強けりゃ免許皆伝になるという「家元制武道」

 とか「家元制華道」などと似た継承システムになっていると思う)

 

しかし生理学的で「どうにもならない」感のあるMBTIに比べて、

もともと生態学的な意味を持つエニアは、他者との関係性を考えるうえでは

わりと現実に役に立つことが多いものだと私は思う。

上記の表をうまく活用して、何かの用に役立ててもらいたい次第である。

暴走族な人達

今は滅多に見ないが、かつて「暴走族」というのが世の中に存在した。

わりと画一的なスタイルに改造したオートバイに乗り、

パラリロパラリロと珍妙な騒音をたてながら蛇行して走り、

集団で道路交通法を犯して遊ぶ人たちのことである。

 

私のいた大阪には、数えきれないほど多くの暴走族が存在した。

彼らがそんなことをして何が楽しいのかというと、

それが彼らにとって「支配からの卒業」だったからだ。

 

彼らにとって、支配とは「禁止されること」である。

たとえば日本では、道路の真ん中でうんこをすることは禁じられている。

すると彼らは

「道でうんこをするなだと? 上等だ、やってやるよ!」

という反抗をしたくなるわけである。

 

 

・・・って言ったって、多くの人にはそのロジックが理解不能だろう。

もちろん私も、彼らの言うことには1ミリも共感できない。

しかしエニアグラムを念頭に置けば、頭で理解することはできるはずである。

 

暴走族とは、主に9w8が好んでやる遊びである。

もとがT9であるので、身体的本能である「うんこしたい」という欲求を

制限されてしまうことは、非常に腹立たしいことであろうと理解できる。

彼らは好きな時に食べ、好きなだけ寝て、好きな場所でうんこしたい。

しかし社会はそれを許さない。

いつまでも赤ん坊のままでいることを、許してくれないのである。

 

その抑圧は、どんどん彼らの中で蓄積する。

そしてチャンスがあれば、わざと禁を犯すことで発散させるのだ。

「なんで教師の言うこと聞かないといけないんだ? 上等だ、無視してやるよ!」

「なんで学校で酒を飲んじゃいけないんだ? 上等だ、飲んでやるよ!」

という具合である。

 

だが彼ら9w8は、「w8」なので8力が無い。

すなわち「信念」や「しつこさ」が決定的に欠けているので、

このような目立つ反抗は一人ではやれない。

賛同者が「過半数」になって、みんなと一緒なら、ようやくやれるのだ。

そのためには、賛同者を増やさなくてはならない。

 

賛同者を過半数にするのは、実はそんなに難しくない。

たとえば中学や高校の学級において、

「道でうんこしてもいいと思う人」はもちろん半数未満であろうが、

しかし学級を2つに分断すれば、

2つのうち片方ではうんこ賛成派の割合が増える(他方では減る)。

そして、2つに分断した片方をさらに2つに分断するという行為を

繰り返していけば、2~3回で賛成派が半数を超えることになる。

 

そのような状態、すなわち「反抗のチャンス」になった状況において、

もし彼らが天性の指導者たるT8を招き入れることに成功すれば、

(あるいはT8の代理者たる五w4または2w3を招くことに成功すれば、)

9w8は念願の暴走族を成立させることができるわけである。

 

9w8の顕著な特徴は、自分一人では善悪を判断できないことだ。

本来ならば、もしそこに信念があるならば、

たとえそれが1人でも、たとえそれが大損でも、迷わずやれるはずなのだ。

というか「やらずにはいられない」という状態になるはずで、

それが信念というものであろう。

 

しかし信念や執念がない場合、T9は誰かと一緒じゃないと、やってもいいと思えない。

それが9w8の「w8」という要素であり、

彼らは「リーダーを得ること」と生来の「赤ちゃん力」が合体することで、

ようやくアラレちゃんのように「キャハハハ」と笑いながら楽しく暴走することが

可能となるわけである。

 

 

こうして時代をふりかえってみれば、

かつて日本の暴走族のやっていたことは、

もしこれがいくつかの外国においてなら、

国法への反逆として射殺されても不思議ではないようなことだった。

 

しかし日本はとにかくT9に甘い(というかT9の数がすごく多い)ので、

なんか「バイクを一時的に没収します」とかの超ぬるい処罰だけで、

非常に生温かくみてもらえる時期があったのである。

(最近は「反知性ブーム」もとっくに底を打ち、激甘では済まないような気がするが)

 

 

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さて、暴走族をしていた彼らは、その後どうなったのであろうか。

 

甘い日本でも、さすがに成人が暴走をしたら、普通に有罪になってしまう。

だからもし大人になってもヤンチャしたければ、ヤクザの組に入るしかなかった。

ただヤクザは上下関係や礼儀作法に厳しい世界であり、

目上の者への反抗などもちろん許されない世界であって、

内部での支配関係はむしろ世間よりもすさまじい。

従って、「厳しく統治されたい!支配されるの大好き!」みたいな変態を除き、

多くの9w8は道でうんこすることをあきらめ、

ごく一般的な勤労者となることを選択したのだった。

 

社会人となった9w8は、生来の「あなどれない1力」を隠し持つため、

案外スムーズに職場になじむことができる。

会社では、遅刻や欠勤は「一時的な職務放棄」に該当することであるから、

わりと厳しく追及される。

9w8は、そのようなミスを犯さずに済むだけの規則的習慣力

すなわち「あなどれない1力」を持っているので、

職場では合格点を取りやすいのである。

 

(むしろ1力に欠陥をもつ9w1、2w1、T4、T七などのほうが、

 日本の職場では落ちこぼれやすいかもしれない。

 かく言う私も、自分の遅刻防止には非常に苦労した。

 それが嫌なので、今はほとんど会社で寝泊まりしている。

 私は会社員時代は年に8回くらい遅刻していた。

 まあ中学校では最高38回遅刻というひろゆき並みの異常者だったので、

 これでもがんばったほうだと思うが)

 

ちなみに私の観察では、9w8は繰り返し作業の才能を持っている。

彼らは1対1の人間関係では問題を抱えているはずだが(セクシャル盲点)、

黙々と作業する系の仕事ではその欠点は表出せず、

むしろカウンタウイングの1が、彼らに「ミスのない作業力」という

わりと大きなアドバンテージを提供する。

 

ゆえに彼らは会社になじみやすいのだが、

周囲が決して忘れてはいけないのは、彼ら9w8の

「会社や社会から、動物的本能を禁止されたくない」

という不満は、彼らがおとなしく勤労している間も、

着々と蓄積し続けているということだ。

 

彼らは本当は、

「好きなときに寝て、好きなときにニンニク入りのギョーザを食い、

 好きな時にゲップをして屁をこき、好きな場所でうんこをしたい」

のである。

それが叶うのは、分断された集団の過半数が賛同したときであり、

彼らは持ち前の忍耐力で、じっと反乱の機会を待ち続けているのである。