INTP5w6による性格タイプ雑記ブログ

MBTI&エニアグラムのよもやまブログ

意味不明にすごいアニメ

なんかすごいアニメを見た。

 

「イジらないで、ながとろさん」という作品で、

ヤンキー風の色黒の娘が、1学年上の気弱な男子美術部員を好きになり、

その先輩をいじめて泣かしまくるという話である。

 

最初は、なんか絵柄もキャラも好きじゃないし、

「こんなアニメが作られて大人気ってことは、こういう女性を好きな男が

 世の中にそれなりの割合で存在してるってことだよな。

 信じられんけど、事実は事実として受け止めなければならんな。」

とか思って、なかば珍獣を見るような気分で見ていたのだが、

非常に驚いたのは、自分がこの作品を12話すべて見たということだ。

ご飯を食べ終わっても、仕事を放りだしたまま、最後まで見続けてしまったのだ。

 

もともと物語があまり好きでない私は、アニメの12話を最後まで見ることは、

たぶん1割くらいしかない(他は途中で挫折)。

その貴重な「My1割」に、なぜこのような変態アニメが入選したのか、

自分でも理由がわからない。

 

というわけで、

「なんかよくわからんけど、とにかくすごい作品に違いない

と思ったので、こうして過疎ブログに感想を書いてみた次第である。

 

====

 

一方で、上記と対照的だったのは、

社畜さんは幽霊に癒されたい」

という作品で、

これも普通以上におもしろいアニメだった。

 

この作品は、とにかく「社畜さん」こと伏原さんが好ましい。

なぜかネクタイ着用の女性プログラマー伏原さんが

「終わらないよ~、無理だよお~、課長の奴めえ~」

とか言いながら愚かしく残業しまくる姿は、

T6の社畜っぷりをうまく表現していてラブリーである。

個人的には、ながとろさんよりも伏原さんのほうが、百万倍好ましい。

 

しかし結果としては、「社畜さんは…」を見るのは第6話で挫折してしまった。

なんか4コマ漫画的なマッタリした展開が退屈になってきて、

いくら伏原さんが好ましくても、見続けるのは無理だったのだ。

 

ということで、キャラクターの好ましさとアニメ作品としての面白さは、

思ったほど関係ないのだなーと思った。

(※逆に4コマ漫画の世界では、展開なんて翌月には全部忘れてるので心底どうでもよく、

 キャラの好ましさこそがたいへん重要になってくるのではないかと思いました)

 

=========

(余談)

 

某ブログに操られ、食事のお供にアニメを見るようになってから、

Prime動画の「あなたへのお薦め」がますますアニメだらけになってきた。

 

私としては本当はアニメより普通の映画のほうがいいんだけど、

おもしろそうな実話系映画はとっくに掘り尽くして、もうあまり残ってない。

残ってるものはハズレだらけで、その中からアタリを見つけるのに

コストがかかりすぎ、探す時間がもったいないのである。

 

しかしアニメは驚異的なペースで次から次へと新作が作られるため、

「まあハズレだったら途中で停止すればいいや」

的な感じで気軽に選択できるものが多く、

それゆえにアニメをポチっと再生する機会が増えるという寸法だ。

それにしても、ほんとにすごいペースだ。恐るべし日本のアニメ。

 

さて、そんなわけでいくつかのアニメを見てみたのだけれど、

上述した通り私はシーズン12話を最後まで見たものはほとんどなく、

どれも最初はおもしろいのだけど、途中から飽きてきてしまい、

だいたい3話目くらいで挫折してしまうのがほとんどであった。

(なので6話まで見た社畜さんはかなりおもしろかったわけである)

 

これは、あまりに多くの作品が作られるので、視聴者を獲得するために

どのアニメもキャッチーな始まり方になるように作られているが、

「序盤を刺激的に作れば作るほど、後半は退屈になってしまう」

という悲しいジレンマがあるのかもしれないと思った。

 

このような難しい問題にも取り組みながら、せっせとアニメを生産

している業界の人達に、私は深い敬意を感じた次第である。

ひろゆき、うざす(財政支出と人口の話)

ひろゆきって、どうでもいいラジオ話をしてるときはおもしろいんだけど、

少子化問題」とかの財政についてギャーギャーわめき散らす時だけは、

ほんとにうっとうしいな。

(※いちおうファンとしての意見です)

 

てゆうか、あんた「日本はもうすぐ沈没するから海外へ脱出します」っていう

スタンスで見事にそれを達成したんだから、もう日本のことなんかほっときゃ

いいのに、やたらムキになって口出ししたがるやつ。

なんなんだよ、こいつは・・・。

 

↓の動画とか、ホント感じ悪いわ。

 

www.youtube.com

 

 

ひろゆきは、

少子化の原因=子供を持つと金がかかるから」

と決めつけているようだが、本当にそうなのか?

 

彼とよく共演している成田助教授という人が最近あちこちで言っている

「政治経済の話で、相関だけを見て

 ”もしあの時こうしていたら、今頃こうなっていたはずだ”

 って言うのは、因果関係を取り違えている可能性がある。

 政経は対照実験ができない分野なんだから当たり前の話で、

 それなのに断定する人って、なんていうか本物のアホですよね。」

っていうあれは、

遠回しにひろゆきに向けて警告してるように見えるんだが、違うのかな。

 

それに、もしひろゆきが言うように「人口は財政で自在にコントロールできる」

のなら、日本より早く少子化に突入してた国のうちのどっかが、

もうとっくに「金でうまく行きました!」ってなってるんじゃねーの?

 

実際には全然成功してないわけで、それなのに

なんで財政で人口がコントロールできると思うのかわからん。

 

===========

 

以下私の個人的見解だが、

私は以前に「カルホーンのなんたら」というタイトルの記事でも書いたように、

少子化の原因は人間のうんこの中に含まれる「繁殖抑制物質」

だと思っており、金とかほとんど関係ないと思っている。

 

まあうんこが原因かどうかは私も証拠がないわけだが、

ともかく「お金の制度と関係あるかどうか」を考えるために、

たとえば下の図を見てくれ。

 

 

 

 

中国は、かつて一人っ子政策「2人目を産んだら鬼罰金だからね」みたいにしてた

わけだが、それを開始した1979年を基準に見て、14年間も出生率が落ちてない。

(上の図の〇印の線を見てね)

つーか、むしろ「ベビーブーム」だったって書いてますがな。

ひろゆき氏は、これでも「人口は金でコントロールできる」と思うんかな?

 

しかも、中国が「やっぱ一人っ子政策やめますわ」と言った2016年以降を見ると、

おもしろいように出生率が急降下しており、これもひろゆきの理屈とは逆になって

いる。

 

===

 

そんでもって、今度は視点を変えて日本の人口を見てみると、

 

 

これを見るに、日本の人口は江戸時代の後半は130年くらいおおむね一定で、

イギリスの産業革命と日本の開国(鎖国終了)が起こった後には、

まさにアダムスミスが言った「余ったエサが生物を増やす」の教え通りに、

すさまじい勢いで爆増して4倍になっている。

(産革後の爆増は先進国共通だが、さすがに4倍になった国は欧州にもないかもよ?)

 

 

で、これが2000年すぎから減少に入ったわけだが、

この前後から

「猫も杓子も大学へGO!」

という愚かな進学ブームがたまたま起こったからって、

「わかったぞ、子供は教育に金がかかるから子供が減ったんだ!」

って短絡してしまうことは、

まあまあアホなことだと思うんだが、どうなんだ。

 

これだったら、私が以前書いた、

「生物は、増えすぎると繁殖の意思を失う仕組みになっている」

という考察のほうがまだマシだと思うんだが、どうですかね?

 

ちなみに、私は政治のことはできるだけ考えたくないんだが、

いちおう私の意見では、前にも書いたように

少子化で問題なのは年金と医療費」

と思っており、問題になっているものに直接対策を打つのが当たり前だと思う。

 

①年金 

→ 「掛け金は固定不変で、総額を受給者数で割って支給する」のが当たり前。

  どこの国でもそうしているが、日本だけやってない。アホすぎ。

  だから支給額をごりごり減らせばよい。何も悩むことはない。

 

②医療費

→ アホみたいに8割補助の医療保険なんか作るから、こういうことになる。  

  そもそもアメリカも中国も、国は補助なんかしてませんがな。

  この答えもシンプルで、自己負担率をごりごり増やせばよい。

 

 

※ついでに述べると、そもそもアホな8割保険ができたのは、邪悪な談合族が

「保険ならみんな気軽に病院に行くから、ワシら大儲けできるで。

 自動車とかもそうやろ? 自腹では修理せんけど、保険なら小さな傷でも

 修理しよるんや。だから保険さえ作ってしまえばこっちのもんやで!」

という意図で、愚かな国民を騙して作ったものである。

そんで、かつては「年収300万でもいいから医者をやりたい」って言う人が

山ほどいたのに、卑劣な談合族が自分たちの利権を守るために医者の人数を

制限しまくってきたわけで、このへんについても、この機会にしばきまわしとく

ほうがいいと思う。

この問題への答えとしては、国公立の医学部看護部の定員をごりごり増やして、

「軽症の人は300万医師が経営する安病院へ、重症の人だけ高い病院へ」

ってするべきだと思う。

(ちなみに動物病院はすでにそういう感じになっているぞ!)

 

=====

 

・・・って、こんなことは、こんな過疎アホブログで「僕はこう思う!」なんて

言うまでもないことで、ぶっちゃけ誰でもわかりきっていることだろうな。

だけど、残念ながら多数決といううんこ談合制度ではそれがまったく実現しないから、

多くの人が怒っているわけで。

 

これについては、以前

「近い将来、IMFさんが来て全部実行してくれるかもしれないからその時を待て」

という現実的な答えを書いたのだが、

あまり気分の良い答えじゃないので、これは無視してくれていいです。

ウォーキングマシン

前回、ストレスフルなTi系作業によって、

私の尻と太腿が大変なことになった話を書いた。

 

そのときは、アクエリアスをがぶ飲みしてトイレに行くことで

どうにか悲惨な症状は切り抜けたわけだが、

今後もこのようなことが起こるのを防ぐためには、

やはり地道に運動して身体を鍛えるしかなさそうである(特に脚部)。

 

実を言うと、私は前にもそう思って、

半年前に3万円もの大金をはたき、ウォーキングマシンなるもの

(モーターでベルトが回り、その上を無限に歩くことができる機械)

を買ってあったのだ。

 

当時、会社の人からは

「わざわざそんなの買わなくても、近所を歩けばいいじゃん」

とか、

「運動しない人ほど、そうやって道具から入ろうとするんだよな」

とか言われて否定されたのだが、

 

しかし私は

「ただ歩くだけだと、時間がもったいないじゃないか!

 しかしウォーキングマシンにタブレットを取り付け、

 有益な動画などを見ながら運動すれば、一石二鳥なのである」

と屁理屈をこねて、勢いで購入したのだった。(もちろん私費ね)

 

しかし、はりきって購入して組み立てはしたものの、

たいへん不本意ながら、私はマシンを1回も使ったことがない。

周囲からは

「3日坊主というのはよく聞くけど、0日坊主とは流石ですね」

などと嫌味を言われる始末なのであるが、

しかしこれは、運動がイヤでこうなったのではないのだ。

 

不本意ながら言い訳をすると、

当初、私はそのマシンを3Dルームなる部屋(3Dプリンタがたくさん

並んでる部屋)に置くつもりだった。

しかし、まあ当然の結果というかなんというか、会社の人たちから

「なにこれすごく邪魔」って言われて邪険にされ、結局そのマシンは

猫の部屋(兼人間の仮眠室)へ移設することになったのだ。

(※うちの会社には、目と耳が不自由な猫が住んでいる)

 

すると、猫の部屋は遠くてWifiが届かないので、

有益な動画を見るためには中継器などを設置する必要が出てきた。

また、猫過保護症候群を患う私としては、

「ひょっとして猫がベルトに巻き込まれたりしないか」

とすごく心配になってきたので、

マシンの周囲に「囲い」を作る必要も出てきた。

 

ところが、そうこうしているうちに業務が忙しくなってしまい、

上記の対策を後回しにしてマシンを放置しているうちに、

猫がその上で昼寝をするようになっていた。

そうすると、今度は出荷係のおばちゃん達が猫のために布団を

持ってきてマシンの上に敷いてしまい、

猫用の爪とぎだの電熱カーペットだのも置かれてしまい、

もはや完全に「猫の寝床」にしか見えない外観になったまま、

現在に至っているというわけなのである。

 

しかし今回の太腿爆発事件で、私も危機感を新たにした。

猫には申し訳ないが、私の最低限の健康管理のために、

ちゃんとウォーキングマシンを使えるようにさせてもらおうと思う。

Ti系の作業をすると出る、奇妙な症状

私は10年以上前から、

以下のような摩訶不思議な現象に悩まされてきた。

 

(1)プログラミングをすると、足の裏に嫌な汗をかく。

   ※この足汗は、一度発症すると数日続く。

 

今も理由は謎なのであるが、発症すると足汗が気になってしまい

まともに社会生活ができなくなってしまうので、

私は10年前にかなり悩み、原因を考えてみた。

 

そんで、なんとなく経験的にではあるが、

「どうやら同じ姿勢で固まったまま12時間以上作業すると発症するっぽい」

という推測をして、現在に至っている。

 

一般の作業ならこうはならないのだが(っていうか12時間なんて無理)、

Ti系の作業だと第1機能を使って延々とやれてしまうため、

こういう状況になってしまいがちなのだと思う。

 

なので対策として

「Ti系の作業は、8時間以上連続してやることを禁ずる」

っていう自己禁止のルールを作り、

その方法で騙し騙しごまかしながら、この10年を過ごしてきた。

 

しかし昨日、なんと規定の8時間に達していないにも拘わらず、

もっとひどい別の症状が出るようになってしまった。

その症状とは、

 

(2)Web系のよくわからんやつ(jsとかphpとか)を意味不明なまま適当に

   やってると、6時間程度で太腿が「ウオォーッッ!!」ってなる症状が

   現れる。(※日本語で表現できない)

 

   ※むりやり日本語にするならば、

    なんか尻~太腿あたりの筋肉に全力で力を入れたくなって、

    しかしいくら力を入れてみてもそれが解消しない感じ。

    尻にリンゴを挟んで潰したいという衝動にかられる感じ。

 

 

この不気味な症状は、3年くらい前からぼんやりと兆候があったのだが、

昨日それが一気に表面化したような感じだ。

 

私は、ウェブ系の言語はまともに勉強したことがないので、

適当に検索とコピペだけで凌ぐことしかできない。

そうすると、

「どちくしょー!!なんでこんな単純なことが思い通りにできんのじゃー!!」

っていう状態にしばしば陥り、その苛立ちはマジですさまじい破壊力であるため、

たとえ作業時間が8時間以内であっても太ももが爆発することがわかったのである。

 

======

 

上記の(2)については、苦痛に耐えかねて検索をしてみたら

「むずむず足症候群」

という妙な名前の病気が出てきて、

これに該当するのかどうかはさっぱりわからなかったが、

ともかくその症状の場合は「鉄分を取れ」と書いてあったので、

私はいてもたってもいられず、大急ぎで冷凍庫にあった「冷凍ほうれん草」

を茹でて、一袋まるごと食ってみた。

 

しかし、(当たり前だが)症状はまったく治まらなかった。

 

で、次は近所で50mダッシュを4本やった。しかし治らない。

ちょっと考えて、「これは水分と関係あるかも」と思い、

(体内でNa+とかK+とかMg++あたりの濃度がバグってそうと思い、)

アクエリアスを800mlほど一気飲みした。しかし治らない。

 

困り果ててると、アクエリアスのせいで尿意をもよおし、

トイレに行ってオシッコをしたら・・・あれ?

完全に治まってはいないんだけど、なんか急に楽になったような・・・?

ストレス物質的なものが、おしっこに溶けて出て行ったのだろうか・・・?

 

というわけで、なんとか落ち着いた次第である。やれやれ。

たぶんこの文章を読んでも深刻そうに見えないと思うが、

わりと悲惨な症状であった。

 

=============

 

ところで、最初の(1)の場合にも言えることだが、私はTi系の作業で

「ちくしょー、わからんっっ!!」

っていう状態になると、

どうやらストレスが脚部にくる傾向があるみたいだ。

(逆に、頭部はストレス耐性が高すぎるのではないかと思われる)

 

その後は、ともかくシッコしたらだいぶ楽になったので、

ひきつづきワケのわからん苦行作業をしてたら、

いつの間にか12時間を超過してしまっており、

気付くと足の裏におもっきし嫌な汗をかいていた。

 

やっちまった・・・。

サイト作りは苦痛だ。

物理と数学、どちらがお好き?

(※記事が長すぎたので導入のESTJの話は省略)

 

さて、ESTJには上記のように答えたが、

このアホブログを見に来る人はINTPだったりすることも多そうなので、

勉強適性が16分類中1位(本当かよ?)と言われるINTP向けに、

もうちょっと真面目な答えも書いてみようと思う。

 

ESTJとのやり取りで焦点となったのは質問者と回答者の「意思」であったが、

この話は実は物理の勉強と関係が深いと思う。

というのも、物理ができない人には、

「なぜこの方法では解けないのかを知りたがる」

という共通傾向がみられる場合があり、

そしてこの背景には「物理と数学の違い」というものがあると思うからである。

 

(※以下、あくまで学生レベルの話であって、ぶっとんでる亜空間数学

  とかの話ではないので、その範疇で読んでもらいたい)

 

数学というのは、答えは1つでも、問題を解く方法はいくつも存在する。

例えば図形の問題であれば、古典幾何で解こうと方程式で解こうと、

あるいはベクトル行列で解こうと、

はたまた教科書に載ってない技で解こうと、定規で測って解こうと、

どれでやっても問題ない。まともな数学の先生なら、どんな解法でも

答えさえ合ってればマルをくれるであろう。

ただ、そもそも数学はただの道具なんだから、答えが合ってるかどうか

なんてことはぶっちゃけどうでもよくて、

「速やかに3種類の答案を書くことができる」

という技能に意味があると考えるほうが正解に近いのではないかと思う。

 

しかし物理はそうではない。

物理の答えは1つだけであり、解法も1つしかない。(←あえて断言してみる)

というのも、もし物理で解法が2つあるように見える場合は、すでに何かの

理解が間違っている可能性が非常に高いのだ。

従って、物理の答案には「解答に至るまでの道筋」なんて書く必要がなく、

答えが合っているってことは特定の一本道を通ってきたに決まっているのだから、

答えだけしか要求されない解答用紙になっていてもべつに変ではないかもしれない。

 

このような背景を理解しておらず、物理で間違った答えを出した方法について

「おかしいな、この方法でも解けるはずなんだが」

「いったい何が間違っているんだろう?」

という思考回路になってしまう人は、おそらく物理を好きになれないと思う。

 

====

さて、ここからちょっと一般論的な話を。

 

数学というのは、しょせんは人が考え出した概念だ。

ある意味、「社会科とかアートとかみたいなもの」が何%か混じっている

と言っても過言ではないと思う。

だから私は、数学を理解することにはあまり意味がないと思う。

というか、理解しただけでは何の役にも立たないので、

私は学生にとって数学の最も良い勉強法は、たぶん「模写」であると思う。

 

たとえば電動ドライバーを使うのに、

「このような道具を使うための一般的指針は何か?」

なんて考えてもしょうがないだろう。

もし大工がそんなことを考えてたら、とてつもない無能になってしまう。

それと同じだ。

大工の見習いが、親方が道具を使うときのやり方をよく見てマネして覚える

のと同じように、数学はとにかく模範解答のマネをして、それっぽい答案を

よどみなくスラスラと書けるようになればよいのである。

 

なおスラスラと書くためには、答案の最後の行までの全体像が最初から頭に

浮かんでいなければならず、そうなるようにまずは答案の完成形を超具体的に

脳内デッサンするという練習をする必要がある。

たくさんの工具を上手に使えることは、大工の優秀さの指標の1つである。

 

一方で、物理はどうか。

物理の対象は自然界であり、自然は人間が作り出したものではない。

従って、法律などの社会科やアートとはまったく異なる。

人間がどう思考するかなんて、自然様は知ったこっちゃない。

 

物理の勉強とは、

「今わかっているデータと、今わかっているとされている法則は何か」

ということをひたすら明らかにしていくという、たいへんおもしろくて

地味な作業である。

従って、自分で勝手に考えた謎の法則とか持ち出したら正解できないし、

法則をあいまいに理解したまま暗記したりすると、とんでもないことになる。

 

ということで話を戻すが、私は

数学は意思を持たなければ学べないが、物理では意思など不要であり、

 物理の答案は1種類しかないんだから理解することしかできない。」

ということが言いたいのであり、

もっと言えば

「物理では意思を持つ権利を持っているのは自然様だけであり、人間の

 意思などただのゴミなので永久に考慮しなくてよい点が素晴らしい。

 ああ物理万歳!」

ということが言いたいわけである。

 

ただ一方で、

これは別の視点から見れば、

数学は【何が何でも〇〇したい】みたいな人間的な意思の臭いが

 全然匂わないクールな世界だが、

 物理は【生きるとは取捨選択することだ】みたいな人間的な意思の臭いが

 ぷんぷんと匂ってくる、暑くるしい世界である。

 従って、”死神を見たことはないが死の瞬間にだけは本当は死神は存在して

 いるかもしれず、そうでないとは言い切れない”みたいな未決余地の状態を

 好む人はおそらく数学が向いており、

 その逆に、”たとえ誰が何と言おうとも自分は死の瞬間にのみ成り立つものや

 目を閉じたときにだけ現れる世界のことを自己の考察範囲から生涯永久に除外

 するという決意を翻す意思は1ミリもない”みたいな確たる願望を持っている人は

 おそらく物理好き」

という、なんか上記と真逆のような見方もできるかもしれず、

どの時点での「意思」をとるかによって捉え方が違ってくるかもしれない。

 

このへんの思考傾向を考察するのがタイポロジーであると思うが、

物理は「物体の振る舞いを支配している必要十分な法則は何か」をひたすら

明確化するという作業であり、「支配式」なんて言葉が普通に飛び交うような

世界であるから、わりとT8っぽい思考回路が混じった学問かと思う。

 

てことで、話がとっ散らかってしまいましたが、

要約すると私は数学よりも物理が好きですというお話でした。

 

===========

余談:オバケの話

 

ところで、私は幼少の頃に「オバケが怖くて、風呂で頭を洗う時に目を閉じる

のが怖くて仕方ない」というよくある不快状態に陥りがちな子であったため、

それをなくすためにある思考を何度もトレースして自分に叩き込んだ。

当時の言葉でどのように言っていたかは忘れたが、内容としてはだいたい

こんな内容だったと思う。

「目を開けた瞬間に死神がいたら死ぬということは、つまりそのときは死ぬこと

 が決定しているのだから考えても意味がなく、そのようなことを考えるために

 せっかく食べた晩御飯の栄養が使われるのはお母さん対して申し訳ない。

 それよりも、こないだ風呂に入っている人が突然死ぬ確率の話をお父さんに

 教えてもらったとき、その数字をイメージしたとたんになぜか死神の顔

 ギャグ漫画みたい見えてきたという不思議な脳体験をいつでも自在に再現

 できるようにするほうが断然お得である。」

 

このような思考方法は、ひょっとすると自己保存メインのINTPにはありがちかも

しれないが、当時(小学校1年生くらい?)の私が一生懸命考案したことは、

これを一度きりの思考ではなく、「何度もトレースして全体像を頭に叩き込む」

という後の数学学習的方法を取り入れて道具化したことであった。

これはまあまあのヒットだったと思う。

おかげで私は墓場の肝試しも平気なくらいにオバケを克服できたのだが、

その代償として

「一番怖いのはオバケや死神ではなく、意思を持った生き物だ。

 特に怖いのは犬だ。奴らは群れたがり、しかも逃げると追いかけて

 くるという意地悪な性格を持っている。奴らは性根が腐っている。

 2番目に怖いのはゴキブリだ。奴らは常に僕の̻死角に入ろうとする

 確たる本能持っている。まったくとんでもない虫だ。

 奴らに確率は通用しない。全員死ねばいいのに。」

という副産物的考え方も叩き込まれてしまい、

やがて最も怖いのは人間に決まっているということにも気付くようになり、

私の中で現在のような内向的で防衛好きで隠遁的な性格が少しずつ形成

されていったのである。

ウイングと分裂の違い

「ウイング的行動」「分裂的行動」は、

短期的には違いがわかりにくいというか、混同しやすい側面がある。

 

ウイングの場合は、

【はっきり言って適性がないが、それでもめげずに真剣に取り組んでいる】

【自分にもできることを探して、少しでもウイングの力をつけようとしている】

などの、いじましい努力がみられる場合が多い。

 

例えば6w5(=6w七)は、ぶっちゃけ学問というものをまったくわかっておらず、

科学と哲学の違いとか聞かれても「ほえ???」ってなりそうなレベルなのだが、

それでも少しでも知識人っぽい行動ができるようになろうとして、

・エクセルの関数(VLOOKUPとか)を一生懸命おぼえる

・パソコンの活用法は思いつかないが、せめてタイピングだけでも速くなろうと練習

・学問はわからないが、せめて試験だけでもいい点を取ろうとしてガリ勉する

などの、いじましい努力を積み重ねていることが多い。

 

これは、趣味で資格集めとかして遊んでいるT1(=分裂先が七)と比較すると、

どちらも「勉強好き」のように見えて内面はまったく違い、

ウイングは深刻かつ真剣な取り組みであるのに対し、

分裂は「ただの暇つぶしですわ」みたいな気軽さがあるわけである。

 

===============

 

このように、分裂的行動の場合はウイングのような悲壮感はまったくなく、

心底から気軽に遊んでいる場合が多いのであるが、

これは言い換えると、多少の語弊を覚悟で言えば、

分裂の行動は

【分裂先の価値観をちょっとバカにしている】

【分裂先の価値観をちょっとナメている】

と言われても仕方がないような様式であるということである。

 

わかりやすい例を挙げると、たとえばT9は同僚に対して

「残業続きでたいへんそうだね、僕も残って手伝うよ!」

などと、T6っぽい協調性もどきを見せることがよくあるが、

その内心は

「あー、ちょっと暇だし、T6ごっこでもして遊ぶか。」

っていうくらいの気持ちでしかなく、

実は業務になど1ミリも関心を持っていない場合が多い。

 

本当は、その同僚の仕事が期日までに終わらなくとも、

そのために自分たちの部署がピンチに陥ることになろうとも、T9

「ぶっちゃけどーでもいいです」

と思っているし、なんなら

「T6の社畜っぷりは、見ていて滑稽でおもしろいから好き♥」

みたいな感じで、

内心けっこうバカにしているのが伝わってきたりする。

 

でもまあ、これはべつにT9の性格が悪いというわけではなく、

バカにされているT6のほうだって、

「ねーねー、T3ってさー、一生懸命演技してカッコつけようとすればするほど、

 カツラがバレてないと思ってるおじさんみたいで笑えるよね♥」

みたいな感じで、

いちおうT3のイキリ癖に対して寛大でありながらも、

一面ではけっこう本気でT3をバカにしているようなふしも否定できない。

 

まあ要するに、そのへんはお互いさまということだ。

 

=============================

 

ところで、今回このような話をしたのは、

私の周囲に見つけた天才について考えるためである。

 

その人はENFJで、なんかよくわからんけどたぶん天才なのだが、

さすが天才だけあって普通のENFJと違っており、

何を考えているのかいまいちわかりにくい。

 

数年前に会ったときは、彼のファンの女性が多かったことや、

【仕事きっちり】を意識している感じがあったので

「なんか学校の先生っぽい雰囲気だし、2w1なのかなー?」

などと思っていたのだが、

その割には仕事をよくする。

詳しく知ると、彼は会社の稼ぎ頭のような存在であった。

(おかしい、2w1がそんなに働くわけがない!)

 

で、もっと長期で見ていると、彼の「仕事きっちり」は

・2w1のような「きちんとの適量がわからずやり過ぎる」というものではなく、

・9w1のような「せめて少しでもきちんとしなきゃ」という悲壮感もない。

ということで、どうやらw1ではないようだということがわかった。

しかし、では何か?となると、まだよくわかっていなかった。

 

一時は、「働き者だし、まさかのT6なのかな?」とも疑ってみたのだが、

私はT6の価値観には結構うるさいので、それが違うということだけはわかった。

(そもそも第7Siしか持たないENFJがT6というのはちと無理があるしな)

で、可能性として残ったのは、

「仕事が優秀な五w4」か「夢を見させる3w4」か「感動の使い手4w3」か、

つまりよくわからんかったのだけど、

まあどうでもいいや、ってことで放置していた。

 

しかし今回、たまたま

この天才を我が社の製造部に引っ張り込めるかもしれない

というチャンスがあり、

今度一緒に飲みに行くことになったので、私も真剣に考えてみたのである。

 

そして上記のウイングと分裂の違いについて考えてみた結果、

もし彼が「きっちりについては軽く遊んでるだけだった」と仮定すると、

彼は1を分裂先に持つ4w3であろうということが、

次第にはっきりしてきたのである。

 

彼は女性によくモテる。

彼の周りには、よくわからんガングロの昆虫みたいな女が数名いつも

ウロウロしており、彼は困った顔をしながらその面倒を見ている。

だから最初は2かなと思った。

しかし、彼は人に好かれようと思っていないように見える。

ただ、あなどれない五力で出会いや感動を上手く取り扱ってしまうため、

周りが彼を慕って寄って来てしまうだけのようであった。

 

ということで、彼の価値観がおぼろげにわかったところで、

次はどうやって攻略するかを考えてみようと思う。

「幼少期はカウンタ期」という自説

またちょっと、おもしろいことに気が付いたぞ。

 

以前に何度か、自分の幼少時代が「E型よりもE型風味なI型だった」

という話を書いた。

この話は、べつに私だけの現象ではなくて、

おそらく多くの人が、自身や周囲の人物について

「幼少期と大人でE/Iが逆転しました」

みたいな現象を見たことがあり、

つまりけっこう「よくあること」なのではないかと思う。

 

 

で、私は周辺人物にあれこれ聞いてみたのだが、

これはMBTIだけではなくて、

エニアグラム的にも成り立つメカニズムがあると思ったのだ。

 

 

結論を言うと、多くの人の幼少期について、

「カウンタウイングのタイプに分類されるような性格であった」

と思われるケースが、非常に多かったのである。

 

つまり、

幼少期の性格 = その人のカウンタウイング

というわけで、

 

これは言い換えると、

人間は、

カウンタ(幼年)→本体(青年)→ウイング(老年)

の順に成長する

ということだ。

 

==============

 

カウンタウイングという言葉はメジャーではないので、

(当たり前だ、私が勝手に作った言葉だからなw)

以前ここにも書いたが、ちょっと簡単に説明しておく。

 

カウンタウイングとは、ウイングとは逆方向の隣接番号のことである。

例えば2w3であれば、本体が2、ウイングが3、カウンタが1だ。

カウンタウイングは、

「まあ一応できるんだけど、心底しょーもなと思ってるからどうでもいい」

という分野であり、言い換えると

「好きではないが得意な分野」

と言ってもよいかと思う。

 

さて、では「幼少期の性格=カウンタウイング」説について、

上記の2w3を例にして具体的に説明してみよう。

 

2w3の場合は、幼少期は1の傾向があり、

・時間や決まりを守るのが好き

・洗濯物をキレイに畳んだり、整理整頓をするのが好き

・お金を貯めたり、お金を数えるのが好き

みたいな感じの、1的な傾向がみられることが多い気がする。

(周囲の人の娘や息子の性格変化から考察。

 ちなみに私の妹も2w3だったので2w3は考察しやすい)

 

だが、2w3は思春期の手前あたりで一気に2化が進み、

幼少期の特性であった1については、

まるでカルト宗教の洗脳から解けた人のように

「1なんて、もうええわ。心底しょーもな。

「そんなの、小さい子がやることでしょ」

という感じで蔑視の対象となり、脱1化する。

 

=============

 

もうひとつ、他のタイプについて例を挙げよう。

私の周辺に多い、6w七(=6w5)の場合について。

 

6w七のカウンタは五(=7)であるので、幼少期は

・活発、おてんば(スポーツ好き、歌や演奏も好き)

・危険な遊びをやる(ブランコや鉄棒などで禁止事項をやる)

・冒険好き、出会い好き(年齢によっては夜遊び好き)

などの性格を持っていたという人が多かった。

 

しかし、何らかの要因により

「冒険なんてもうこりごり!そんなのは大人になってからやればいい」

と確信する時期が思春期あたりで到来して、

現在の量産型RGM-79のような地味な性格になったということである。

 

================

 

最後に、私自身について。

私は七w6(=5w6)であるからカウンタは8である。

小学校3年くらいの私の行動は、

・見ず知らずのお姉さんやおばちゃんに声をかけ、小遣いをねだって50円を

 もらうという金儲け競技を考案し、私も約100個を獲得して2位だった。

・他にも「お祭り屋」だの「プール屋」だの「ゲーム屋」だの、山賊まがいの

 ろくでもない金儲け方法を何種類も考え、徒党を組んで結構な金を集めていた。

・集めた金で豪遊会を開いて女子を釣り、その女子をエサに男子を釣るという

 邪悪なシステムで級友達の煩悩を煽り、次々と山賊党に引きずり込んでいた。

・靴やかばんなど、ファッションにも大変こだわっていた。

っていう感じで、かなり金の亡者っぽい性格のセクシャル少年であった。

 

(※この幼少期の話をすると、6w七から「そんな子だったんですか」と

  まるで毛虫を見るような目で見られてめちゃくちゃ軽蔑された。

  しかし私も6w七の「夜遊び」には昆虫感を感じたのでお互い様だと思った)

 

今の自分から見ると、幼少期の私はやることなすことが邪悪な人心操作に満ちて

おり、人を罠にかけて強奪し敵対し、やってることは黄布賊そのものであった。

当時の私は、一般的に七w6(=5w6)が持つであろう

「人様のお役に立てる人間になることが人生の第一義であり、善良勤勉な

 生産者の人達に迷惑をかけるようなクズは全員死んで詫びるべし」

という価値観とは、似ても似つかない価値観であったと思う。

 

(ちなみに現在の私はファッションになど1ミリたりとも興味がなく、

 靴もかばんも服も靴下も、すべて同型・同色のものをまとめて買い、

 古くなったら捨てて予備を着るという方法で、ずっと同じ格好をしている。

 散髪屋にも15歳以降は行ったことがなく自分で適当に切っており、

 外観的にはおおむね美味しんぼの山岡的な感じである)

 

その後、邪悪なガキだった私は何度も悲惨な目(※)に遭い、

「こんないつ撃墜されるかわからない争いの毎日はもう嫌だ」

と心底から思って辟易し、今のような隠遁研究者的性格となった。

 

(※悲惨な目というのは、学校の帰り道に待ち伏せされるのが怖くて

 いつもビクビクしながら帰宅ルートを変えていたこととか、

 別の子の親達に「お前の脳は腐っている」とか言われて監禁され、

 数時間にわたってボコボコにされたこととかである。)

 

より正確に言うと、私の5w6という性格は「安定と刺激のバランス解」

みたいなもののような気がしており、

人はみな、幼少期に習得したカウンタ技能を批判的に抑制しながらも、

随所でほどほどに行使し続けるようにできているのではないかなと思う。

(6w5族を見ていると特にそう思う。奴らは防衛と安全が大好きであるが、

 要所要所ではきわめて無茶をする危険な生き物であると思う)

 

==============

 

てことで、エニアの各タイプの本能人称、すなわち

14七 = 1人称(自己保存)

2五8 = 2人称(セクシャル)

369 = 3人称(ソーシャル)

について、

 

もし「幼少期の性格=カウンタウイング」説が成り立つならば、

誰しもが、幼少期に得意だった人称のことを

「アホみたい。しょーもな。」

と思ってしまうのは、ある意味しかたないのかもしれないと思ったわけである。

 

私の場合は、幼少期=セクシャル少年だったのは間違いないような気がするので、

例のナンパ先輩のようにセクシャルが人生目標(=ウイング)みたいな人を見ると、

「いい大人が何やってんの・・・。マジでしょーもな・・・。」

って思ってしまうのは、まあしょうがないような気がするわけである。

(本家のセクシャルの人は、幼少の自分より明らかに格上なので素直にすごいと

 思えるんだが、ウイングの人はどうしてもアホに見えてしまう場合がある)

 

もちろん、逆もしかりである。幼少期にソーシャルだった人から見ると、

「w6って、いい年してソーシャルなんか目指しちゃって、アホみたい。」

ってなるわけで、お互い様である。

4w五のナンパ先輩(幼少期が6のソーシャル)から見れば、w6の私は

「自分が幼稚園くらいで考えてたことを、大人になって一生懸命やってる人」

なわけで、そりゃあバカみたいに見えるだろうな・・・。

 

このように、カウンタ人称とウイング人称が入れ子になっている組み合わせは

互いに毛嫌いしやすい関係であると思う。

(ただ本体が同一の場合、たとえば七w6と七w8は、互いにわりと寛容になれる)

 

理屈的には、カウンタ人称とウイング人称が入れ子ということは、うまくやれば

互いの苦手とすること(=盲点系)について教え合うこともできるわけなんだが、

それはなかなか難しいんだよな。