「量の感覚」っていうのがあってね。
たとえば「50㎝ってどれくらいの長さ?」だとか、
「30gってどれぐらいの重さ?」だとか、
そういうのがだいたいわかるかどうかって、
個人差がけっこう大きい。
私は重さや長さや時間についての感覚はそこそこあると思っており、
たとえば2.2㎏のものを2㎏ちょいとは言うが、3kgと言うことは絶対にない。
43㎝のものを約45cmとは言うが、50㎝と言うことは絶対にない。
28分の経過を30分と言うことはあるが35分と言うことは滅多にない。
(しかし9㎜のものを10㎜と言ってしまうことはよくある)
でも世の中には、特に女性の方などで、たまにものすごい人がいるんだよな。
(長さ9㎝のものを20㎝と言ったり、重さ30gのものを5gと言ったり)
この感覚のあるなしって、たぶん「興味」によるところが大きいと思う。
(直接的には「経験」によるものなんだが、なぜ経験があるかというと
それは「興味」から発している場合が非常に多いわけでして)
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さて、上記の話は導入であり本題ではない。
今日の私の本題は、
「割合」にも感覚がある
ということだ。
たとえば1/10000の割合と1/1000000の割合ではまったく違うが、
もしこれを「どっちもめっちゃ小さい」と考えても、
特殊な職業以外の人にとっては、あまり問題にはならない。
(これが重要となるのは、宝くじを買うかどうかを考えるときくらいのものであろう)
このように、微小すぎるものについての感覚は必要ではない。
それでは、何%以上の量について感覚を持っていればいいのか?
では私の答えを。
理系らしくない言葉であるが、あえて言おう。
「1/100 ≒ 0」
であると。
私が思うに、生きる上で重要となる「割合感覚」は
1/10の違いを肌感覚として正確に感じ取れるかどうか
ということである。
43%を約4割と言ってもよいが、約半分ではさすがに雑すぎる。
それは43cmのものを約50cmと言ってしまうレベルの感覚と同じだ。
この感覚がないとただちに死ぬとかではないが、
仕事で「使い物にならない」と言われる可能性がある。
その一方で、敏感であればあるほどいいのかというと、そうでもない。
わずか1%の違いにこだわりすぎるのはビミョーだ。
私はさきほど「理系らしくない」という言葉を使ったが、
実は「1/100」は理系でも頻繁に用いられる量であり、
たいへん重要な値である。
一般に物理の世界では2次近似が用いられることが多いのであるが、
現実における量をすばやく把握する目的においては、
概ね3/100以下(ジャンルによっては5/100)の量について、
しばしば2次近似ではなく1次近似が用いられたりする。
たとえば
(1+x)^2 ≒ 1+2x (xが微小な場合)
sinθ ≒ θ (θが微小な場合)
とかね。
この「微小な場合」というのがどんくらい微小なのかが分からないと、
おそらく近似という重要分野が全滅することになり、
特に理系では「使い物にならない奴」とみなされる可能性がある。
ということで、繰り返すと、
「1/100 ≒ 0」
なのである。
(※本当は教科書的に言えば(3/100)^2=9/10000≒0ということなんだが、
そういうINTPみたいなうざいこと言う奴はここでは無視することにする)
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上記のことは、数学や物理においてよりも、
むしろ人生において重要な考えかもしれない。
なぜなら、アホな人間というのは、往々にして
「何の根拠もなく100人中の1位を目指したりしてしまう」
ものであるからだ。
通常、100人中の1位になる人は、それまでに何度も何度も
「10位以内っぽい感じ」みたいなのを感じていたはずであろう。
例えば短距離走で100人中1位になる人というのは、
それまでに何度も
「〇〇君って、かなり足が速いよね」とか、
「〇〇君の走り方、かっこいい!」とか、
そういうことを言われていたはずである。
(なお、おそらく書くまでもないが念のために書くと、私は言われていない)
もしそのような記憶や体験がない人が、
某シゲノ漫画の主人公をまねて
「2位なんてチンケなポジションは目じゃねえ。
俺はアタマを取るんだ!!」
とか言っても、
それはただの言葉遊びでしかなく単なるバカである。
従って、人生においては1桁下の「1/10」を適切に把握することが重要なのであり、
たとえばいま自分が100人中の32位であれば、
さすがに30位とは言わないがせいぜい20位くらいを目指すくらいが妥当なのであり、
それより先のことを考えても意味がないのである。
このことは、ネット時代である今こそ、たいへん重要な事柄である。
たとえばyoutubeで100万再生の動画を見かけることは珍しくないが、
その「珍しくない」という感覚はyoutubeに植え付けられたものでしかない。
100万再生は「おすすめ」の中で珍しくないが、
全体からみれば大変に珍しい動画のはずである。
私はyoutuberではないのでよく知らないが、
100万再生になる動画は1%よりはるかに小さい割合であり、
「ひょっとしたら1桁少ない10万再生でも1%ないかも」
というほど珍しい珍動画なわけである。
また、youtubeよりももっと生々しい話として、
たとえば人間の「年収」とかについても、
すでにネットの毒に冒されてしまっている人は
年収1500万の会社員とか聞いても
「ふーん、たいしたことないね。社畜ごくろうさま」
とか思う人が多いのであろうが、
実際には年収が1500万の人は1%未満しかいないらしいので、
この会社員の方は大変に珍しい珍畜なわけである。
今日の話の流れから言えば、
「たった1500万か」とか思っていいのは
最悪でも同年代で上位10%に入っている人だけなのだ。
(いくらなのかは知らんけど)
ということで、繰り返そう。
もし自分が32%の位置なら、
まずは20%あたりを意識して作戦を立てるべきであると。
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ネット時代は、アホ量産の時代である。
このような時代においては、「1/10」がますます重要な感覚となる。
よくインチキな自己啓発本などに
「1/100のスキルを3つ持てば、凡人でも百万分の1になれる!」
とか書いてあるが、騙されてはいけない。
1/100を考える資格があるのは、すでに何度か
「あら、すごぉい!」
と言われたことがある奴だけなのであるから、
この3乗で100万分の1を目指すのであれば、
過去に3つの分野において
「〇〇君、ちょっと好き♥」
とか言われていないといけないわけで、
それはたいへんに珍しいモテ方(=珍モテ)なわけです。
そのような珍奇な過去を持つ人を除き、大部分の人は、まずは手堅く
「あの人って、案外まともよね。嫌いじゃないわ。」
とか言われるあたりを3分野においてゲットすることを目指し、
見事それを達成した後に、はじめて3つのうち1個か2個で1~3位あたりを
意識してみるべきであると、私は考えるのである。