ここ最近、「資格」というものに対して否定的なことを書いていたが、
そんなことを書いておきながら、
実は私も、とある資格試験にうつつを抜かしていたことがあったりする。
ただ、それは決して
「排他的権利を得るのって、金儲けの王道だよね♥ グヒッ♥」
とか
「勝ち馬に乗ることこそが、勝ち組への道だよね♥ うふっ♥」
とか考えてたわけではなくて、そこには
人間のクズだった父親との、心温まる交流
があったからなのだ。
私の父は土地開発会社の雇われ社長で、なんだかんだで結構な収入があったのに、
私の学費はもちろん、母に生活費すらろくに渡さないようなクソ野郎であった。
(金はすべて博奕と女に使って蒸発させていた)
しかし、父は自分が果たせなかった自営の道に心残りがあったようで、
私が会社を辞めて独立するときだけは、妙に親身になってくれていたのだ。
それまでは、しみじみした口調で「子供って邪魔やな」とか言うのがデフォの、
つくづく子に関心がないデビル人間だったのだが、
自分が興味のある内容だと、案外ぐいぐい来る奴だったのかもしれない。
てことで、今日はまた、クズ父との思い出話を書いてみようと思う。
なお、このアホブログを以前から読んでいた人は
私の実家の金銭的情景がたいへん見苦しいことをご存じだと思うが、
そうでない人はいきなりだと嫌悪感を抱くかもしれないので、
よかったらこの記事とか読んで、慣らし保育をしてから読んでください。
それと、父はあまり適切な言葉遣いをしていなかったので、
しばしば問題のある表現をしていたのだが、
会話の雰囲気を伝えるために記憶のまま書いてます。
どうか大目に見てもらえるとありがたい。
では、はじまり。
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父:
おう、hizanori。ちょっと話があるんやけどな。
私:
なに?
父:
おまえ、会社辞めて自分で製造業をやるとか言うてたやろ。
でもお前の貯金はたったの1500万で、融資も受けないと決めてるんやろ?
現実的に言って、そんなんで製造なんか、できるわけがないよな?
やったとしても、東〇阪の長屋工場みたいなことしかできん。
それはお前もわかってるんやろ?
私:
だからこないだ言ったみたいに、先にサービスからやって資金を増やそうかなと。
父:
お前はアホか! そんなうまいこといくわけないやないか。
お前、やっぱ客商売をなめてるやろ!?
私:
いやいや、だから僕の発明した道具を絡めたサービスなんやって。
普通の客商売だと負けそうやけど、発明のぶんだけ勝てるかもしれへんやろ?
もう図面もできてるんや。まあまあ世界最先端の技術で、アイデアコンテスト
でも1位やったんやで。
まず僕がサービスの価値を実証したら、あとはフランチャイズにして他人に任せて、
僕自身はそのまま機材の製造を本業にしようという作戦なんや。
父:
もうええ、もうええ。何がフランチャイズや、ばかばかしい!
実戦経験のないお前の青写真なんか、いくら聞いても意味ないわい。
そんな夢物語よりも、もっと現実的な話をしたるわ。
ええか、要するにお前は、本当は製造がやりたいけど、
資金がないからしょうがなく元手のいらなそうなサービスをやるっていう話やろ?
私:
うん、まあ、要約するとそういうことやな。
父:
だったらお前な、不動産鑑定士の資格を取ったらどうや?
実はワシの会社な、いま外注してるボンクラ鑑定士に、毎月200万以上払ってるんや。
おまえ、競売で遊んでるなら鑑定書のこと知ってるんやろ?
私:
ああ、毎日のように見てるから、知ってるで。
あんなテンプレに数字はめるだけの形式書類に毎月200万も払ってんの?
お父はんの会社、アホやな。
父:
そや、アホなんや。
だからその仕事をお前にぜんぶ回したるわ。
200万あれば、たぶん毎月100万くらい貯金できるやろ。
すると5年で6000万貯まる計算やから、それでまともな工場を作ればええがな。
どや、これはお前の本当の目的にかなってるやろ?
私:
・・・・・。
父:
おまえ、特許かなんか知らんけど、そんなもん世俗では屁の突っ張りにもならんぞ?
サービスにはちょっとだけ感心したけどな、その仕事は客を奪うから必ず邪魔される。
はずれる可能性もあるし、万一当たったところで潰されるか乗っ取られる可能性が
高いんや。海千山千のヤクザがおるような世界では、優等生のお前になんか、誰も
味方に付かんからな。
中国の歴史書にも書いてあったやろ? 戦には地の利と人の和が必要なんや。
お前は人情というものがわかってないが、幸い土地建物を見る目だけはある。
つまりワシの案であれば地の利があるということや。
どうや?
お前のしょうもない妄想プランより、ワシの案のほうが理にかなってると思わへんか?
私:
ふうん、どうやらまたロクでもない悪だくみを考えてるみたいやな。
だけど、話の筋は理解したわ。
で、もしその話に乗っかる場合は、お父はんへの謝礼はどんだけ払えばええの?
父:
何を言うてるんや、親子やないか。
ワシはマージン欲しさで話してるんとちゃうで。
これは親心や。金は全部お前の事業資金にすればええ。
私:
はは、そんな冗談は1ミリも信じへんけど、
確かに工場代を貯めるという目的のためには、お父はんへのマージンと、
あとお父はんの会社に筋を通すための値引きぶんを割り引いて考えても、
そっちのほうが正解かもしれんな。
書類書きは嫌いやけど、プログラム組んでどこまで手抜きできるのかちょっとだけ
興味あるし、確実に依頼が入る道があるのなら、5年だけやってみたいかもな。
で、その試験はいつあるん?
父:
あと8か月ほどあるで。
今から死ぬほど勉強して、一発で取れ。
そしたら仕事回したるわ。
わかったか?
私:
わかった、ちょっとまじめに調べてみるわ。
====【3か月後】====
私:
お父はん、例の鑑定士の話やけどな。
父:
おう、一発でいけそうか?
私:
いや、あれ難しいで。お父はんが知ってる頃とはレベルが全然違う。
いまは会計士と弁護士が暴落したぶん、鑑定士の人気が急騰してるねん。
一発どころか、永久に無理かもしれんわ。
父:
なんやと、お前、あんなもんテンプレやって言うてたやないか。
私:
書類はテンプレやけど、試験問題は少し算数がある以外、残りはぜんぶ法律やねん。
あれから必死で勉強してみたけどな、僕には法律の試験で上位2%に入るのは無理や。
特に日本の法律は頭おかしすぎて、僕の脳みそにまったく合ってない。
父:
日本の法律が頭おかしいのはワシもよく知ってるで。
でも、そんなことどうでもええやないか。
日本のルールとされているものを選んで、〇つけるだけの話やろ?
何が正しいとか、一切どうでもええ。
とにかく正解すればええだけの話や。
私:
うん、それはわかってる。
でもな、僕の脳みそは矛盾を探知して整合させることに特化してるだけで、
景色とか感覚とかを記憶する才能はゼロやねん。
ところが法律は神様じゃなくて誰か人間が気まぐれに決めたことやから、
最初から辻褄というものが存在してなくて、つまり景色と同じ偶然の産物やろ?
・・・って、言ってることわかる?
父:
まあそうかもしれんけど、だから何や?
私:
で、そういうものは理解じゃなくて映像として記憶するのが正解なんやろうなと
いうのはなんとなくわかるんやけど、
どうやら僕の記憶力は世の平均よりも劣ってるみたいやから、
上位2%どころか20%でも難しいねん。努力でどうにかなる範囲を超えてる。
父:
なんやなんや、情けないのう、要するに言い訳か?
社会が矛盾だらけで数式とは違うってことは、最初からわかってることやないか。
そこをどうにかするのが知恵というもんやろうが。
ぐだぐだ言わんと、カンニングでもなんでもええから、とにかく受かってこい。
お前はそんなこともできんほどアホなんか?
すぐあきらめよって、ほんま情けないやっちゃな!
私:
まあまあ、ちょっと落ち着いてや。
僕はお父はんからアホやと思われてもどうでもええけどな、
今日は言い訳をするために電話したんとちゃうねん。
路線変更の報告をするためやねん。
父:
ふん、報告か。どんな報告や?
私:
僕はな、試験勉強をしてて思ってん。
これは嫁が最も得意とするジャンルやなって。
父:
あの娘、こういうの得意なんか?
私:
そうや。
嫁は理系の素質がゼロなのに、そろばんと暗記だけで受験を突破した猛者やで。
あいつには、まったく意味のないことを永久に憶えていられる特殊能力があるんや。
たとえば試しに今日、お父はんの誕生日を教えてみようか?
たぶん10年後でも瞬時に思い出すほどの記憶力やで。
父:
そうなんか。
じゃあ最初からお前みたいなボンクラを誘わずに、嫁さんを誘えばよかったわ。
で、嫁さんは試験受けるって言うてるんか?
私:
うん。ただし、それは3~4年後や。
嫁は今の会社に勤めながら、少しずつ勉強しようかなって言ってる。
なにしろ嫁は手堅い性格やからな。
お父はんが持ってくるような怪しい話に乗って、会社を辞めたりせえへん。
それに嫁は父親が士業やから、士業が不安定で浮沈が激しいこともよく知ってるねん。
父:
ちっ、なんや、気の遠い話やのー。
8か月でも遠い話やったのに、3年後なんて、ワシもう忘れてそうやわ。
ちゅうかワシ、もうすぐ60やで?
ワシはな、仕事なんか今すぐにでもやめて、南の島で遊んで暮らしたいんや。
3年後なんて、そんな先の話はつまらんわ。
私:
それも言っておいた。お父はんが先々の約束なんか守るわけないってな。
そしたら嫁は、別にお父はんをアテにするわけじゃないから構わないと。
老後に自分の父親の事務所を継げばいいだけの話やから、元は取れると。
父:
ふうん、さよか。
まあとにかく、おまえは100%無理やから降りると言うことやな?
私:
そうや、100%無理や。模擬試験も受けてみて、よくわかったわ。
僕は物事の仕組みを想像することはできるけど、法律はあかん。
法律は仕組みじゃなくて景色やから、僕の脳みそは役に立たないどころか、
むしろ猿以下のハンデでしかなかったわw
父:
ふん、たしかにお前はそういう奴やったな。
掛け算の九九もなかなか覚えなくて、知恵遅れかと思ったくらいやからな。
しゃあないのう、あきらめるわ。
あーあ、せっかく300万のうち100万をピンハネして、ラクに小遣いを手に入れよう
と思ったのにのう。
他に鑑定士取れそうなやつおらんし、練りに練った南の島計画がパーやないか。
どないしてくれるんや、お前。
私:
あれ? てことはマージンは3分の1やったんか?
てっきり5割やと思ってたわ。
人間のクズのお父はんにしては、案外気前ええやんかw
父:
ふん、あいかわらず甘いのう、お前は。
ええか、200万もらったうちの50万が謝礼なら、誰でも素直に払いよるやろ?
そうするとお前は150万で、ワシもこっそり抜いた100万と合わせて150万になる。
つまりお前の予想通り、5割やったんや。
そんなこと、1秒で気づかなあかんやないか。
そんなんでほんまに商売やっていけるんか、お前?
私:
はいはい、わかりましたよ。
じゃあまあ、そういうことで、気を持たせて悪かったね。
そのうち嫁が受かったらまた連絡するから、それまであきらめて働いてや。
それとな、僕も今年の試験はいちおう受けとくわ。
さすがに3か月も勉強したのを無駄にするのは悔しいから、
僕は嫁の道を切り開くための人柱として、最後までもがいてみることにする。
ただし受かる確率は完全に0やから、一切期待せんといてな。
父:
ふん、そうか。
それなら嫁さんのために、宅建だけでもお前が取っとけ。
あれならアホのお前でもたぶん受かる。
宅建の受験者は、会社から強制されてしぶしぶ受けてる奴ばっかりや。
実質の競争率は2倍以下やから、才能なんか必要ない。
人を誘った以上、それぐらいはお前もやらなあかんぞ。
ええか、ちゃんと取っとけよ、わかったな?
私:
わかった。ほんじゃ。
===============
父が脳梗塞で急死したのは、それからまもなくであった。
葬儀を終えた私は、もはや無意味となった不動産鑑定士と宅建の試験を、
何の目的もなく受験した。そして鑑定士は予想通り惨敗だったが、
宅建はみごと1点差でギリギリ合格し、私は父との約束を果たした。
(その資格が役に立ったことは、いまだ一度もないが)
父はクズであったが、この時期だけは私に優しかった。
たとえその優しさの90%が自分の小遣いのためであったとしても、
そこには子を想う親の心が、なんと10%も含まれていたのだからな。
私にとっては、ちょっと尊い記憶でもある。