INTP5w6による性格タイプ雑記ブログ

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目に歯で応じても構わない

さまよう刃という小説をご存じだろうか。

何の罪もない最愛の娘が、

どうしようもないクズに集団で強姦され、

その様子をビデオ撮影され、そして殺された。

そのビデオを見た父親が血の涙を流し、

3人の犯人を自らの手で極刑にすべく、復讐を誓うという話だ。

 

この小説を読み、父親に対して

「どういう理由だろうと、暴力はいかん」

という感想を持つ人は、あまりいないと思う。

(私はむしろ、「犯人をラクに死なせすぎなのはいかん」と思った)

 

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さて本題であるが、

さまよう刃の父親は、【暴力に対して暴力で応じた】から、

誰も悪く言わないわけである。

 

では、もしこの小説が、

【詐欺に対して暴力で応じる】

だったとしたら、どうだろう?

 

おそらく批判の手紙が編集部に届くだろう。

世間というのは、そういうものだ。

だからこそ、この小説は仇として強姦魔という暴力犯を設定したわけだ。

でなければ本を出せない。

 

 

しかし冷静に考えれば、

【詐欺に対して暴力で応じる】

のは、本当に悪いことなのだろうか?

 

私個人の考えであるが、

私は、まったく悪いことと思わない。

 

かねてから言っているように、他人から奪いたがる奴

というのは、確実にこの世に存在する。

そして他人から奪う方法は、大別して、

 1:足元を見て奪う。(例:パワハラ、権力、村八分、etc

 4:騙して奪う。(例:ねずみ講、カルト宗教、似非科学、etc

 7:暴力と脅迫で奪う。(例:893、総会屋、etc

の3種類である。

 

これら3つを、区別する必要ってあるのだろうか?

いや、ない。

奪うという目的が同じなんだから、単なる手段の違いだ。

1に対しては、必ず1で報復しないといけないって、誰が決めた?

ハムラビ王か?

もしそうだとしたら、ハムラビはアホだな。

 

考え方としては、非常にシンプルだ。

1,4,7は、目的が強奪にある時点で、すべて同じものなのだ。

だから報復は、1,4,7のいずれの方法を用いてもよい。

奪ういうことは、それほどまでに大きな罪なのだ。

これが分からない奴は、本物のアホである。

 

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この話に関連して、いわゆる「復讐劇」として、

こないだおもしろい映画を見た。

例のロバートデニーロの映画(なんか気に入ってもうた)なのだが、

【腐れ弁護士のせいで14年間刑務所に入った男】が、

刑務所で猛勉強して、出所後に復讐をするというストーリーである。

 

この場合、デニーロはどう復讐するのが正しいか?

弁護士を14年間刑務所へ入れることが正しいか?

それとも、デニーロが刑務所でやられたように、

4人の男に何十回もカマを掘らせればよいのか?

 

そうではないだろう。

別に同じものをお返しして差し上げる必要はない。

プレゼントとは形式ではなく、心がこもっているかどうかだ。

だから復讐をするときは、心をこめて、

考え得る最大の不幸をお返ししてやればよいのである。

もちろんその方法は、1,4,7のいずれを用いても構わない。

 

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私は、表面上はマトモな人間のように振舞っている(w6)ので、

周囲から、子供のイジメについて相談を受けたりすることがある。

そういうときは、私はいつも、以下のように答えている。

 

「それは簡単です。いじめっ子を油断させ、金属バットで

 背後から全力で殴れば、まあまちがいなく勝てますよね。

 これが卑怯かどうかは、ご判断にお任せします。

 ただ僕は、罪を恐れるほうが恥だと思いますけどね。

 罪を恐れたら、罪を恐れない奴に必ず負けますから。」

 

「僕自身は、金属バットで人を殴ったことはないです。

 でも小学生の頃に、敵が下り階段に差し掛かるタイミングを狙い、

 全力疾走で助走して、背後から跳び蹴りをしたことはあります。

 そいつは数メートル吹っ飛んで、階段の一番下まで落ちました。

 そして泣きわめく敵を、僕は特別硬い靴で、渾身の力で蹴り続けました。」

 

「この話のミソは、足(脚)という道具を使った点です。僕は子供のころから

 今みたいな体型で、あまり力がなかったんですけど、手よりも足のほうが

 パワーがあるから、足をとことん活用すれば勝てるんじゃないかなと思ったんです。

 ただ、このときは先々のことを考えて脚や靴という武器を使いましたけど、

 暴力の道具として腕力を使うか、棒を使うかは、どうでもいいことなんですよ。」

 

「この事件で、僕はひどく叱られましたけど、敵は僕を恐れたみたいでした。

 一寸の虫にも五分の魂ということを、はじめて理解したのでしょうね。

 それでやっと気が晴れて、僕は自信を保つことができました。

 これをやっていなかったら、僕は陰気な性格になっていたと思います。

 勇気を出してよかったと、今でも思っています。」

 

と。

 

この私の助言を聞いて、実際に子供にバットを持たせた人はいない。

しかし聞いた大人自身が、事なかれ主義の危うさについて考え、

何かしらのアクションを起こす覚悟を持ってくれたような気がする。

 

「奪う奴」が奪っていくのは、金や健康や生命だけではない。

足元野郎は、「意志」というものを奪っていく。

暴力野郎は、「自信」というものを奪っていく。

そして詐欺野郎は、愛する人を奪っていくのだ。(←個人的に最も許せん)

 

これらを奪われたくなかったら、

たとえ批判されても、たとえ罪に問われても、

やらねばならないこともある。

そう解釈してくれることを願い、

私はいつも、金属バットの話をしている。

 

まあ、ちょっとキチガイ入ってると、自分でも思うけどね。

私以外にもいると思うな、こういう考え方の人は。

 

もし「話はわかるけど勇気が出ない」という人がいたら、

口に出して「特攻する」とつぶやいてみることをお勧めします。

捨て身の攻撃に成功すると、最高にすがすがしい気分になれます。

もはや勝とうが負けようが、どうでもいいくらいに、です。

すべてを「引き分け」に持ち込む、それが特攻なのです。

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